3:異郷の地にて(4)

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 エレはアーヘルの後について、寝室とは別の部屋に通された。ランプが明々と室内を照らし、炎の揺らぎと共に、二人の影が壁で踊る。
「そこに座れ」
 毛皮の敷物の上に腰を下ろしたアーヘルが、己の向かいを示す。
「安心しろ。余とて明かりのある場所でいきなり裸にむいたりはせぬ」
 今更ながら昼間の事を思い出したエレが後込みしていると、少年王は苦笑いを見せた。言う事はませているが、素直に笑み崩れると年相応の幼さを見せる顔だった。
 少しは信じてみても良いか。そう考えたエレは、アーヘルと差し向かいになる形ですとんと座り込む。侍女達がやって来て、アーヘルの前には青、エレには赤色をした硝子製の杯を置いて、琥珀色に輝く茶を注いだ。
 侍女達が去ると、アーヘルは茶で口をすすいで、まっすぐにエレを見すえた。
「大陸では、アルテアと破神の伝説は、どのように伝わっている」
 唐突に問われて面食らったものの、そういえば破神とアルテアの話をすると言っていたか、と思い出す。エレは居住まいを正して口を開いた。
「アルテアは神の力と言われています」
 発動には血を媒介とする事、破神の血を持つ人間が放つヒノモトの濁り無き言葉によってのみ効力を発揮する事、そして、今現在フェルムに存在するアルテアの能力者は、『神の口』を有する自分一人である事。
「破神は伝説上のものと伝えられていました」
 セァク皇国の前身となる帝国が興る前、突如現れて人々を破滅の淵に追いやったが、その最期については闇の中。ただ、その血をセァクの皇族をはじめとする人々の中に残し、血を集めた人間が再び破神と化して降臨する事ができるという迷信じみた言い伝えが一部にあった事。それが迷信などではなく、実際この十四年間に、破神が二度現れた事。
 エレは己の知る全てを、隠す事無く伝えた。
 エレが語る間、アーヘルは片膝を立て頬杖をついて、しかし真剣にエレの話を聞いていた。エレが語り終えて一息つくと、彼は目を伏せる。
「成程。アルテアと破神が完全に無関係とはなっていない訳だ」
 独り言のように言って、王は顔を上げ黒いまなざしをエレに向けた。
「だが、アルテアと破神が別系統のもののように考えられているようだな。実際は、破神もアルテアも、関連づいて生み出されたのだ。このアルセイルでな」
 そうして彼は鞘に納めたままの剣を手に取り、柄をつかんで少しだけ刃を引き出してみせる。透明な刀身が炎を受けて赤く照らし出された。
「この鋼水晶の剣もそうだ。全ては、アルセイルに渡って来たヒノモトの末裔が編み出したものだ」

 元はアルセイルは、原始的な文化を持つ民族が暮らす、海を彷徨うひとつの漂泊島であったという。
 そこに、極東の島国ヒノモトの民が大勢移り住んで来た事で、アルセイルは急速に変わった。永年の海面上昇により島が沈没する事で故郷を失ったヒノモトの人々は、高い水準の文明を誇っていた。
 アルセイルはヒノモトの民から知識を得て恐るべき速さで発展し、特に科学において、大陸にひけを取らないほどの技術を得た。中でも彼らがヒノモトの民と共同して熱心に取り組んだのは、不老不死についての研究であった。
 強い生命力を持ち、永く生きる事。人間の永遠の命題であり切願であるそれを目指すアルセイルの民が望んだのは、あらゆる生物の中で最強と言われる存在『竜』を、己の手で造り出す事であった。
 しかし研究は失敗した。
 どんなに剛い身体を持っても、その意志を保つ事が出来ない。何人も何十人も犠牲にした末に彼らが生み出したのは、失敗作の巨大な獣。破壊衝動に囚われたその存在は、『破神タドミール』と名付けられた。
 黒い巨躯と六対の翼持つ異形は、三日三晩アルセイルに炎の雨を降らせ、それまで築いた文明のことごとくを燃やし尽くした。誰もがアルセイルの滅亡を予感したが、一人の研究者が、竜が暴走した場合を想定して用意していた制止機能を発動させた。それが、竜の身体構造の情報を狂わせる力を込めた鋼水晶で作り上げた剣と、言葉の力アルテアであった。
『破滅の使者に速やかなる終焉を』
 それが、破神に向けて放たれたアルテアだったという。
 その研究者は血を媒介にした『言の葉の石』を含みアルテアを放つ事で、破神の動きを止め、鋼水晶の刃を心臓に叩き込んで、四日目の夜明けに破神は海に沈んだ。しかし朝日に照らし出されたアルセイルは、見るも無残な姿に変貌していた。アルセイルはヒノモトから伝わった文明のほとんどを消失し、前時代に後退する事を余儀無くされたのである。その際、破神に関する全ての技術も封印されるはずであった。
 しかし、その研究成果を惜しんだ者がいた。破神を倒した研究者本人である。彼は鋼水晶の剣と言の葉の石、そしてアルテアに関する知識を持ったままアルセイルを離れ、海を渡った。そうしてフェルムに辿り着くと、破神の血を浴びた己の血を、大陸の人々の間にばら撒いた。
 研究者の血を受けた人々は、破神の下僕である破獣カイダとなるか、破神の能力の一部を受け、奇跡を起こす者として、あるいは崇められ、あるいは恐れられて迫害された。
 そこに更なる混乱が訪れる。破神の血を受けた人々の血を集めた研究者が、破神として大陸に降臨したのだ。破神の力によって大陸の文明は焼かれ、人々は滅亡の淵に突き落とされた。
 しかし破神は唐突に消える。代わりに現れたのは、褐色の肌と尖った耳を持ち、透明な刃の剣と濁り無き言葉――アルテアを用いて破獣を退治し、破神の力を持つ人間を迫害から救う救世主であった。絶望の大地に咲いた希望の花に、人々は惹きつけられ、その人物を英雄として崇めた。
 救世主は国を興し、初代皇帝として君臨する。その名は、アルセイルを離れた研究者と同じ、セイ・ギと言った。

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