11:星空の下で

BACKTOPNEXT


 ざあざあ流れゆく川の音と、虫達の声が子守唄。草の褥は柔らかく、急ぎの旅の途中でなければ、最高の夜だろう。それでも、慣れない遠出でささくれ立った心を癒すには充分な環境だった。
 見上げれば満天の星々。それらを繋ぎ合わせれば何らかの形になる。古代の人々は星空に夢を託して名をつけたのだと教えてくれたのは、母だった。
「あれは、翼持つ白蛇。心臓はあの赤い星だ」
 大きいカナタが紅玉ルビーのように真っ赤な輝きを指差してぽつりと呟く。彼は、かつて母がカナタに教えてくれた星座を次々と空に当てはめてゆく。歴史の異なる世界でも、母は我が子に星の読み解き方を教えていたらしい。
「面白いわね」
 ユーリルが炎の向こうで興味深そうに目を細めた。
「西方では、星は死した人間の魂の輝きだと言われていた。母なる大地に帰った命は、父なる空に抱かれて、子孫を見守り続けるのだと」
 焚火を囲んで円を描く形で寝転がるカナタとユーリル、そして火の番をする大きいカナタの視界に、宵闇を裂いて落ちてゆく流れ星が映る。
「流星は、生まれ変わり」
 ユーリルがしみじみとかみ締めるように言葉を重ねた。
「魂が再び地上に降りてゆく証。だから流星の後には子が産まれるというわ」
「面白いね」
 今度は大きいカナタが笑う番だった。
「各地の伝承の違いを比べるのは、歴史的にも意義がありそうだ。王国と西方の両方の学者に頑張ってもらえば、興味深い結果が出るに違いない」
「そうね」
 ユーリルはくすくす笑い、そして唐突にカナタの方にごろんと頭を向けた。
「あなたは?」
 炎を映した黒目がちの瞳にじっと見つめられると、不本意にも心臓が逸る。
「見習い騎士様は、戦い以外には興味無い?」
「……そういう訳じゃない」
 唇を尖らせて目をそむけ、上空の輝きを見上げる。ユーリルの瞳に宿る星は、宵空よりもまぶしく瞬いて、直視するのが恥ずかしい。
「いつか、この大陸から戦が無くなって、軍が必要無くなったら、あなたも学者になればいいわ」
 頭は悪くないんでしょう? と問いかけられて、カナタは口をつぐむ。馬鹿にされたような気がして怒った訳ではない。ユーリルの話が荒唐無稽に思えたからだ。
 西方はユーカートが頂点に立っているとはいえ、全ての部族を抑えきれている訳ではない。あわよくばその座を奪おうと虎視眈々と狙う者達が割拠している。統一王国内でも、王国誕生から十六年以上経った今でさえ、旧セァクと旧イシャナの旧い家臣達が分裂を狙って、ろくでもない腹芸を繰り広げている。どこもかしこも一枚岩ではなく、争いの火種がくすぶっているのだ。
 今回のユスティニア姫誘拐にも、彼らのいずれかが関わっているだろう。そういった連中を根こそぎ排するまで、カナタの騎士としての務めは終わらない。いやもしかしたら、カナタの人生が終わるまで力を尽くしても、争いは終焉を見ないで先の世代まで続くかもしれないのだ。
 だが。
 剣を捨て、ペンを握って、練習用の木に剣の跡ではなく、白い紙に調査結果を刻む。そんな仕事ができたら。騎士服の代わりに白衣をまとえたら。
 今と違う道を歩みたいと言ったら、周囲はどんな反応をするだろうか。
 姉や弟妹達は腹を抱えて笑い転げるだろう。『カナタに研究なんて似合わない!』と。
 大きい姉とその相方は同じ笑いでも、満足げに微笑むだろう。『いいんじゃないですか』と口元をゆるめる様が思い浮かぶ。
 折角騎士団への入団を斡旋してくれた父には、恥をかかせる事になるかもしれない。
『お前、何が気に食わなかったんだ』
 腕組みし、鋭い赤の瞳を極限まで不快に細めて、じとりと見下ろしてくる姿が、ありありと想像できる。
 だが、母は。
『良かったです。頑張ってくださいね』
 そう胸を撫で下ろして、にこやかに笑ってくれる気がする。
 決して表面には出さないが、夫が軍人である事、いつか戦で命を落とす可能性がゼロではない事を、常に案じている人だ。息子の騎士団入りも、入団式の時には『おめでとう』と明るい笑顔を浮かべていたが、ある夜中に喉が渇いて水を飲みに行こうと階下へ降りたら、薄暗い食堂で父と向き合って、『あの子に私達の名を背負わせてしまった気がしてならないんです』と本音を洩らしてはなをすすりあげていたのを目にしてしまった。
 その時のあまりにも小さな背中がいたたまれなくて、そっと部屋へ戻ったが、聡い父には気配を悟られていたようだ。次の朝、珍しく同じ時間に出仕する事になり、城へ向かう馬車の中でぽんと軽く頭を叩かれ、『親より先に死ぬのは最大の親不孝だからな』と、傍からは脈絡のわからない諭し方をされた。
 心の剛い女性ひとだとはいえ、日々夫と息子を心配しているのだ。その息子が荒事から離れると口にすれば、心底安堵するに違いない。
「……カナタ? 寝ちゃった?」
 ユーリルが声をかけてきたので、はっと意識が現在に立ち返る。いつの間にか思考の輪にはまり込んでいたらしい。
「いや」
 ごろりと寝返りを打って、口元に笑みを浮かべる。
「そういう道もありかなって、考えてたんだよ」
 そうして返事を待たずに、目をつむる。心身共にそれなりに疲れていたのだろう。眠りの闇はするりと滑り込んできた。

BACK / TOP / NEXT