01:古き伝説を紐解く運命の手

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 昼でも尚、燃えるように赤い空の下。ぎらぎらと太陽が照りつける、草もまばらにしか生える事の出来ない、ひび割れ赤茶けた荒野を、一人の若い男が走っていた。
 青年と呼ぶにはまだ幼さを残す、少年とも言える顔。額に汗を浮かべ、息を切らせながら、時折、地面の凸凹に足を取られてまろびそうになりつつ、駆ける。
 足を止めずに後方を振り返る。銀色の髪が跳ね、黒い瞳が、黒い鉄の塊と云う形を取った追手を映した。
 土煙をあげて迫るのは、数台のバイク。それを操る男達はいずれも拳銃を手にし、にやにやと笑いながら、躊躇いも罪悪感も無く、その銃口を少年に向けた。荒野に響く銃声と同時、少年の足元で跳弾が起きる。彼がびくりと飛び上がって一瞬足を止め、そして逃れようとまた走り出すのを、追跡者達はげらげらと笑い飛ばした後、スロットルを握り込んだ。
 力無き人間に対して、武器を得た者は、それを己が自身の力と錯覚し、必要以上に振りかざす。それはこの世界が始まり、ヒトと云う生物が道具を凶器としたその時から、時代が移ろうとも永く変わらぬ摂理。カインがアベルを殺めた日から消えぬ罪である。
 追行に飽きた一台が、バイクを走らせるスピードを更に上げた。生身の相手を撃ち、そして轢き殺す為に。少年の顔が怯えに引きつる。
 その時、男達のものとは異なるエンジン音が、後方から聞こえて来た。それは見る間に距離を詰め、そして、銃の咆哮。
 男の一人が、ぎゃっと声をあげ、拳銃を取り落とした。発砲音は回数を重ね、一音ごとに確実に、男達の手から得物を弾き上げる。
 荒野の砂塵を身に受け、やや赤味を帯びているが、その下の白さは隠せないバイクが、男達の脇をすり抜け、少年の傍らで止まった。
「乗れ」
 短く鋭い声が発せられる。
「早く!」
 少年が戸惑うと、白いバイクの主は、苛立ったように厳しい語調で呼びかけた。少年は、数瞬躊躇った後、相手が示す後部座席に飛び乗る。それを確認するより早いか、再びタイヤが回り出した。
 白が黒の集団をあっという間に引き離す。なおも執拗に追跡を仕掛けようとした者に気付き、白の乗り手は、左手でハンドルを操りながら、銃を持つ右手を掲げ、引鉄を引いた。やはり一切の無駄弾無く、弾丸は黒いバイクの前輪を次々撃ち抜き、失速させる。苛立たしげに機体を殴りつける連中を置き去りにし、白のバイクは荒野を走り抜けた。

 かつて世界には西暦A.D.という時が刻まれていたらしいが、今がそれの何年であるか、正確に知る者は居ない。
 文明の頂点まで栄華を極めた人類は、しかし互いの民族や宗教や正義や価値観の違いから、争いを止める事が出来ず、遂に、世界を幾度も滅ぼせると云う大量破壊兵器を発動させた。
 それにより、世界は大きく変質した。地上から都市は消滅し、海は干上がり、地は涸れ毒に汚染されて、人間を含む動植物、数多の生命が消えた。
 と云う。
 真実を知る者は居ない。世界が現在のような姿になってから、幾歳月が過ぎて、当時を知る者も、歴史を記す手段も、失われて久しいからだ。
 かろうじて生き残った人類は、地上に残されたわずかな、緑と水の在る場所に集落を造り、旧時代の遺物を利用しながらひっそりと身を寄せ合って暮らすか、或いは、徒党を組み、そういった集落を襲って、金品を、食料を、そして命を奪い、各地を渡るかの、両極端の道を辿る事となった。
 だから、賊どもを充分引き離した所でバイクを止めた時、操り手が少年にかけた第一声は、
「お前は、馬鹿か」
 だった。
 世界はそんな過酷な環境下なので、単独で、軽装で、更に徒歩で、荒野を渡る者は少ない。否、居ないと言って良い。無謀この上無いからだ。もし居たら、狂っていると笑い飛ばされ、この空の下のどこかで野垂れ死に、獣に死肉を食われて骨だけになったとしても、誰にも気付かれず、捨て置かれるだけだ。
 ところが、少年は、自分に向けられた毒に落ち込む様子も見せず、黒の瞳を軽い驚きに見開き、命の恩人とも言える相手の顔にすっかり見入っていた。
 前と横に、紫のメッシュを入れた亜麻色の髪を、高い位置でポニーテールに結んでいる。砂塵避けにつけていたのだろうゴーグルを上げると、右が灰色、左が緑のオッド・アイが現れる。女性、と呼ぶにはいま少し幼さが残るが、どこか険の有る、気の強そうな少女の顔だった。
 そういえば、と少年は思い返す。道理で、バイクから振り落とされないように相手の腰に腕を回した時、男にしてははっきりとしたくびれが有り、身体も柔らかい手応えが有った訳だ。それに、男がスカートをはくまい。
 少年が反応を示さない事を、もどかしく思ったのだろう。少女は苛立ちを含めた声色を放つ。
「本当にただの馬鹿か? 何も言えないのは」
 言われてようやく少年は、自分が礼を失していた事にはっと気付き、慌てて頭を下げた。
「あ、ありがとうございます、助けてくれて」
「別に、行きがかり上だったからな。見捨てても構わなかったが」
 言いながら少女は、再びゴーグルを下ろし、少年を置いて、バイクのエンジンを始動させる。
「あ、待って!」
 少年は、慌てて彼女を呼び止める。振り返る少女の、目はゴーグルに隠れて見えないが、口元が明らかに、怪訝そうな表情を顔に満たしている事を主張する。少年が続けた言葉に、その口は、更に不審の色を増すのだった。
「ここは、どこですか」

「お前、記憶喪失か?」
 黄色い草ばかりの荒野を、白いバイクが行く。少しばかり大きめの声が、少女から投げかけられる。
「あ、いえ。いや、そうかも知れないんだけど」
 先程のように少女の腰に手を回して後部座席に座する少年は、そう返した。が、「何?」と、少女が眉間に皺を寄せて、ちらと振り返る。はじめは、少年の言葉の意味が通じなかったのかと思ったが、「声」と、少女が片手で喋る仕草を示してみたので、エンジン音と、吹きつける風に、話し声を流されたのだと気づく。
 更に、まだお互いに名前を告げていなかった事も思い出し、少年は声量を高めて、名乗りをあげた。
「あ、僕、エルシス。エルシスって言います」
「ユ……ゥリ」
 言いさして、ほんの一瞬の間を置いて、少女が返す。
「ユーリ・クールハート」
「ユーリ」
 口の中で繰り返し、少年は、明るい笑みを向けた。
「いい名前だね」
 少女の応えは無かった。何か、失礼な事を言っただろうか。少年にはとんと見当がつかなかった。ただ駆動音ばかりが刻まれる、無言の時間に陥るのが居心地悪くて、エルシス少年は、口を開いた。
「僕の名前は、しばらく僕の面倒を見てくれたおじいさんが、つけてくれたんだ。死んだ孫息子さんの名前だったんだって」
 ユーリはやはり相槌も打たない。聴こえていない訳ではないだろう。恐らく、そういう性分なのだ。この短時間のやりとりの中でそう解釈して、エルシスは、構わずに自分の話を続ける事に決めた。
「そのおじいさんが亡くなって、僕は旅に出たんだ。『世界の始まる場所』を目指して」
 直後。
 耳障りなほどのブレーキ音を立てて、バイクは急停止した。思わずつんのめって、ユーリの背中に顔を埋めそうになったエルシスは、慌てて身を離し、そして、相手の顔を見つめる。
 振り返るユーリの顔には、ゴーグルをかけていて尚隠せない、驚きが満ちている事が、窺い知れた。
「お前」
 表情に違わぬ、動揺の色を宿した疑問が、零れ落ちる。
「その名を、誰から聞いた」
「聞いていない」
 エルシスは、はっきりと答えた。
「僕の記憶は、或る日から突然にしか無いんだ。だけど、『世界の始まる場所』に、行かなくちゃいけない事だけは、しっかりと覚えている」
 ユーリは明らかに動揺していた。彼女は彼女の中で、エルシスの素性に関する明らかな答えを所持している。だが、それが、「まさか」の確率である事も、声色が示している。
「お前、まさか」
 まさにその台詞を、ユーリが放とうとした時だった。
 彼女は続けようとした言葉を切り、はっと自分達の後方を見やった。つられてエルシスも視線を転じるが、視界に映るのは、変わらない荒野の景色ばかりである。
 否、変化は在った。地響きのような音を立てながら、人影が近づいてくる。その数、3。
 それは人では無かった。人を模した、しかし人より遙かに巨大な。
巨神機アトラス!」
 ユーリが彼らの名を口にすると同時、「つかまっていろ!」エルシスに警告を発し、バイクを急発進させた。振り落とされそうになって、エルシスは慌ててユーリにつかまる。
 巨神機アトラスと呼ばれたそれは、その名に違わぬ、鋼鉄製の巨人だった。全長は10から、時に20メートルを超すものも在る、失われた文明の、最大の遺産だ。鎧をまとった中世の『騎士』とやらのようにも見える外見で、その重たげな見栄えに反して、『操縦者ドライバ』と呼ばれる運転手が熟練していれば、まるで人そのものが動いているかのように滑らかな操作を可能とし、その手で、果物を握り潰さずにつまみ上げる事さえ可能だと云う。
 そして今、目の前の鉄色くろがねいろの巨神機は、ユーリ達の頭をつまみ上げようとしているに違い無い。ただ決して、果物を持つように優しくでは無く、捻り潰しても構わない心づもりで。
『このアマ、さっきはよくもコケにしてくれたな!』
 巨神機に搭載されているスピーカーを通して、粗野な声が聞こえた。予想通り、先程の、バイクをパンクさせられた盗賊連中だろう。
『バイクごとスクラップにしてやる!』
 ユーリ達のバイクと、巨神機との距離が、見る間に縮まって来た。
「ASR-038O『オフィサー』」
 敵を振り返りながら、ユーリは洩らす。意趣返しとは、全く期待を裏切らない連中だが、しかし、巨神機を所持していたのは予想外だった。
「見かけに反して機動性は高い機体……いつかは捕まる」
 ひとりごちながら、ハンドルを切って急旋回する。最前までバイクが在った位置に、どすん、と鈍い音を立てて、巨神機の拳が振り下ろされた。地面に大きな穴が穿たれる。
「歯を、食いしばれ!」
 エルシスに再度注意を投げかけて、ユーリはバイクのスピードを更に上げる。そして、荒野に生じた、渓谷とも呼べる大きなひび割れへ向かって、バイクを飛び込ませた。数秒、宙に浮く羽目になった状態に、エルシスが息を呑む気配が、背後から伝わって来る。だが、配慮してやる余裕は無かった。胃を揺さぶる程の相当な衝撃と共に、バイクは着地し、がこがこと音を立てながら、荒野以上に凹凸だらけの道を行く。
「どうするの?」
「黙っていろ、舌を噛む」
 不安げなエルシスをぴしゃりと黙させて、ユーリはバイクをひた走らせた。

 男達は、苛ついていた。小娘一人に翻弄されて。
 巨神機アトラスまで持ち出したのに、地割れに逃げ込まれ、見失ってしまった。このまま逃がしては、獲物は逃さずに殺って奪い尽くし、悪逆非道の蛮族と、この一帯に恐れられてきた自分達の面子が丸潰れだ。
 絶対に捕まえて、心ゆくまでなぶった後に、元の顔が判らない程に全身に銃弾を撃ち込んで、最後に巨神機で踏み潰して、この屈辱を晴らしてやる。残酷な想像を巡らせて、リーダー格の男は、分厚い唇を、ぺろりとなめずった。
『おい、どうするよ』
 スピーカーを通じて、他の巨神機から通信が入る。男は、湿った唇をにたりと笑いの形に歪めて、返す。
「追いかけるに決まってるだろう。おめえ、降りてみろ」
 巨神機の無骨な手で、渓谷を指し示す。指示された巨神機の操縦者ドライバは、『あいあい』と、なあなあな返事を寄越しながら、ずしん、ずしんとかったるそうに――巨神機が巨大な金属の塊である以上、その動作が実際の人のそれより緩慢であるのは仕方の無い事なのだが――渓谷へ向かい、降りられる足場を探して、下を覗き込んだ時だった。
 ぐわしゃと、金属がぶつかり合う音と共に。

 巨神機が、空を舞った。

 否、巨神機に空を飛ぶ機能など、備わっていない。宙に浮かされたのだ。下方からの、衝撃を受けて。
 仲間の巨神機が、重力に引かれて落下し、轟音と共に地に叩きつけられ、手足がひしゃげる様を、残りの巨神機の操縦者達は、唖然と見ていた。ほんの一瞬の出来事だったのに、まるで動画のコマ送りでも観ているようにゆっくりと、その光景は男達の視覚に刻まれた。
 何が起こったのか、即座には理解しかねる男達の視界に、渓谷から飛び出す、黒い影が映った。それは巨神機だった。十数メートルの、金属製の巨体なのだから。
 だがそれは、男達の駆る『オフィサー』とは明らかに違った。ずっしりと構えた安定性を有する『オフィサー』とは異なり、体型はより人のそれに近く、喩えるならば、実に身体の引き締まった戦士。
 そして、太陽光を受けて尚、黒く輝く機体。
 巨神機が基本的に、鉄の色そのままである常識を打ち破り、その機体は、黒一色に彩られていた。

「RSY-092T『チェルノボーグ』」
 黒い巨神機アトラスの胸部に在るコクピットで、ユーリは、誰に向けるとも無く、自機の名を口にした。シートの後ろに在るスペースから、エルシスが不安そうに覗いている。本来、そのスペースは、或る目的の為に作られたもので、普段ならコクピットにユーリ以外の人間を乗せたりしないものだ。だが、この少年を何処かに置き去りにし、その結果戦いに巻き込まれて死なれでもしたら、寝覚めが悪い。都合上、乗せる羽目になった。
 それにもし、ユーリが考える通りなら、このエルシスと云う少年は、ここに収まるに相応しい人物となる。渓谷に潜ませていたこの機体に、乗せてみる価値は有った。
 谷間から飛び出しざま、一機を打ち倒した『チェルノボーグ』は、重量を感じさせぬ軽やかさで――実際には、巨体であるから、相当な音は立てていたのだろうが――着地し、残る二機の『オフィサー』に対峙した。
『……こ、この野郎、何だ!?』
 相手が戸惑う声が、スピーカーから垂れ流しになる。当然だ。今の時代に遺された巨神機は、汎用機がほぼ全てで、個人の能力に合わせて調整チューンされた機体が発見される事は、まず無いと言って良い。
 そう、この『チェルノボーグ』は、操縦者ドライバであるユーリの為だけに造られた、世界に唯一の機体なのだ。
「『チェルノボーグ』が一般機ごときに、負けはしない」
 灰色と緑の瞳をすっと細めて、ユーリはレバーを握り締めた手に、一層の力を込める。
「ユーリ・クールハートに、不可能は無い」
 自身を暗示する呪文のように呟いて、ユーリはレバーをぐっと押し込んだ。リアルタイムに連動して、『チェルノボーグ』が動く。右手に装備していたマシンガンが火を吹き、呆然と突っ立っていた『オフィサー』の一体目がけ、銃弾は吸い込まれるように、一発も洩らさず命中する。『オフィサー』は、あちこち煙を吹き上げながら2、3歩後退り、その場にがくりと膝を折って、動かなくなった。
 実に滑らかな動きで、『チェルノボーグ』は残る一体に向き直り、地を蹴った。相手に反撃の構えを取る余地すら与えずに肉薄し、硬い拳の一撃が、『オフィサー』の、兜を冠しているような頭部に叩き込まれる。コクピットに外の様子を映し出す為の、メインカメラが搭載されている頭部を破壊された機体は、ゆっくりとあおのけになり、どうと倒れ込んだ。
 巨神機は、操縦者が戦闘不能に陥るか、機体が深刻なダメージを受けた場合、稼動を停止する、安全作動フェールセーフ機能を持っている。これ以上の抵抗はあるまい。エルシスを、試すまでも無かった。ユーリがふう、と息をついた時。
 がしゃん!と、横からの衝撃がユーリ達を襲った。つかまる場所の無かったエルシスが、壁に叩きつけられて呻く。
 ユーリは咄嗟に頭部のメインカメラを、衝撃が訪れた左方に向けた。見れば、最初に殴り飛ばしたはずの『オフィサー』が、『チェルノボーグ』にしがみつくように取り付いている。安全作動フェールセーフが働くレベルまで、破壊していなかったのだ。
『へっ、こう抱きついちまえば、攻撃できないだろ』
 スピーカーを通して、自棄気味の声が聞こえる。
『このまま締め潰してやる!』
 レバーを前後に動かすが、振りほどく事が出来ない。失態だ。ユーリは舌打ちしたが、そうした所で、状況が好転するはずも無い。
 どうする。考えている内にも、『チェルノボーグ』は『オフィサー』の剛力を押し付けられて、ぎしぎし悲鳴をあげる。
 どうする。乾きかけた唇を噛み締めた時だった。
「大丈夫」
 背後から、エルシスが呼びかけた。
「大丈夫だよ、ユーリ」
 振り返ると、エルシスは、先程までの不安さはどこへやら、見る者を勇気づけるほど、自信に満ちた表情をして、ユーリに軽く笑みかける。
「僕が、君を助ける」
 そう言って彼は、自身の居るスペースの壁に向けて、両手をかざした。その途端、呼応するように壁の一部が光ってスライドし、現れた数十本単位のコードが、まるでそれが定められていたかのように、エルシスの腕に絡みついた。
 否、単純に絡みついただけではない。エルシスの腕に、埋まり込んだのだ。まるで、『チェルノボーグ』と、エルシスを、接続するかのように。
 エルシスの腕に、顔に、そして首筋に。目に見える範囲に、まるで刺青のごとき黒き模様が、輝きすら放ちながら刻まれる。
操縦者ドライバのみの制限値を突破。出力30%上昇、機動性を135%に」
 目を見張るユーリの前で、エルシスは呟き、それから、再度こちらに笑みを向けた。
「出来るはずだよ、ユーリ」
 言われて、ユーリははっと我に返り、レバーを再度押し込んだ。先刻まで、押しても引いてもびくともしなかった『チェルノボーグ』が、動く。
 ぎちぎちと、『チェルノボーグ』の腕が、少しずつ、『オフィサー』の力を押し返し、そして、勢い良く、突き飛ばした。
 よろめいた『オフィサー』だが、流石は安定性を誇る機体、すぐに体勢を立て直し、突っ込んで来る。ユーリはレバーを引いて『チェルノボーグ』に命じた、かわせ、と。すると、元々身軽な『チェルノボーグ』が、それを更に上回る敏捷さで、『オフィサー』の突撃を易々と避けた。
 攻撃を。思考とほぼ同時の動作に、『チェルノボーグ』は即座に応えた。ひゅっと風を切る勢いで振り下ろされた手刀は、渾身の一撃をかわされてふらつく『オフィサー』が向き直る時間を許さず、その頭部に食い込み、破壊した。
 3体の『オフィサー』が沈黙し、荒野に悠然と立っているのは、黒の巨神機のみになる。そのコクピットで、ユーリは驚嘆を感じずにはいられなかった。
 エルシスが『チェルノボーグ』に「接続」した途端に発揮された、従来以上の馬力。初めからユーリに合わせて設定されていたはずの『チェルノボーグ』に搭載されている、真の力を引き出した。
 それは、つまり。
「……お前」
 エルシスから刺青のような模様が消え、コードが自然に腕から離れ、再び壁に吸い込まれて、スライドしていた部分が、元へ戻る。
「やはり、接続者スタブか」
 エルシスは、不思議そうに小首を傾げるばかり。だが、ユーリは確信していた。
 この少年が、今や伝説にすらなっている存在である事を。巨神機を受け入れるその手は、消えかけた伝説を再現する運命を担った、手であるのだと云う事を。

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