第3章:水鳥の影(1)
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 世界は、優しいばかりじゃない事を、知った。

 ザスを出発したあたしたち三人は、ミッツへ向かうクロウと別れ、ランバートン目指して南……の前に、ちょっとだけ西に寄り道していた。
 リサ曰く、このサンザスリナの外れには、パティルマ・ドローレスという高名な占い師が住んでいるとか。彼女に訊けば、デュアルストーンやセレンの事も、何か新しい情報や手がかりがつかめるんじゃないか、って話になったのだ。
 数日一緒に旅をし、魔物とも何度か戦って、セレンの特異性はリサもよく知るところになっていた。
 詠唱無しで魔法を撃てる。
 普通の魔道士が使えない魔法を使える。
 魔力の剣で戦う。
 怪我しても人よりずっと早く治る。
 そして、戦いの時だけ赤くなる、瞳。
 ざっと挙げるだけでも、あいつに関しての謎はそれだけ出て来るのだ。
 知識なまかじりのあたしと違って、故郷できちんと魔道士としての修練を積んでいるらしいリサでも、わからない事象だらけみたい。
 ただひとつ、魔力の刃に関しては、
魔道剣ルーンブレイドですね」
 と、ある晩の野宿で、焚き火をつつきながら教えてくれた。
「己の魔力を武器に変える、かなり高等な術です。剣と名はついていますが、人によっては槍や弓などの形を取る事もあったとか」
 言われて、あいつが例の柄だけの剣を取り出して眺めると、リサは続けた。
「現在では媒体となる器の製法が失われ、使いこなせる者もいないそうです。セレンさんの持っているその魔道剣も、相当な貴重品になりますわね」
 じゃあそれ売ったらいくらぐらいになるかな、って考えがよぎったけれど、あまりにやぼったい疑問なので、あたしはその言葉を水と一緒に飲み下した。それに、使える人がいないなら価値はつかないか。
 そんな風にあいつの事をすごいすごいって言ってるリサも、結構なものだ。水属性だけでなく、光属性の攻撃魔法と回復魔法まで使いこなすんだから。面と向かって褒めると本人は謙遜するけど、相当な腕前だ。
 こうなると、剣を振り回すしか能が無い自分がおみそみたいに思えてくる訳で。
「素質がある!」って、インチキくさいバウンサーだったけど、一応言ってもらえたんだから、あたしにも魔法が使えないかってリサに相談してみたら、案の定、少し困った顔をされた。
「私もまだ、完全に使いこなせるのは第二階層の術までなのです。他の方に教授するのは恐れ多いですわ」
 この世界の魔法は、強さによって五階層に分類されている。いっぱしの魔道士が使うのが大体第二〜三階層まで。第四階層を使えるのはかなり訓練を積んだ人だけで、第五階層は古代文明が遺した禁呪フォビドゥンと呼ばれ、現代の人間が使うと身体が保たない、つまり死ぬ、といわれてる。本当かどうかは知らない。使った奴の話を聞いた事が無いんだから。
 まあとにかく、第二階層を使えるなら恥じるものではないと思うんだけど、リサはあたしの先生役を受けてくれなかった。
「セレンさんのほうが適役ではないでしょうか。あの方の使う術の威力は、第四階層に達していると思います」
 彼女は言ったが。
「オレは理屈抜きに、歩いたり食べたりするのと同じ感覚で魔法を使ってるんだ。どうやって説明しろって言うんだよ」
 と、あいつには一蹴された。まあ、ごもっとも。
 やっぱりリサを説得して教えてもらおう、と考えながら旅を続けて、あたしたちは、占い師ドローレスの住むザワンの森にたどり着いた。
 森とはいうが、そんなうっそうとしたものではなくて、木々の合間から太陽の光が差し込んで、道を明るく照らす。
 でも、こんな人里離れた所に住んで、暮らすには不便だよね、と、三人の間で結論が下った時だった。
「多少の不便は仕方無いわ。心静かに占いに集中できる土地を選ぶほうが、重要だったの」
 唐突に頭上から声が降って来たので、あたしたちは咄嗟に武器に手をかけて、木の上を見上げた。
 力強く張り出した枝に、まるで椅子のようにくつろいだ様子で腰かけて、笑顔でこちらを見下ろしている女の子がいた。まあ、女の子って言っても確実にあたしより年上で、見た目的には多分セレンと同年代。蒼い石をあしらった額飾りをつけた、光の加減によっては銀色に見えなくもない紫がかった髪と、森色の瞳が、印象的。そして、人外の者である事を一目ではっきりと相手にわからせる、尖った耳。
 彼女はすっくと枝の上に立ち上がると、ひらりと身を躍らせる。危ない! あたしたちはひやりとしたが、彼女は、木の高さなんか関係無いと思わせる身軽さで、音も無くあたしたちの前に降り立った。
「ええと、パティルマ・ドローレス?」
「あ、あら? 私が聞いた話では、ドローレス様はもっとお歳を召された方だと……」
 セレンとリサが戸惑い気味に見つめると、女の子は目を細めてころころと笑った。
「わたしは違うわよ。おばあさまの占いであなたたちが来るってわかっていたから、迎えに待っていただけ」
 彼女の言う『おばあさま』がドローレスなんだろうと、あたしたちが推測するうちに、女の子は「ついて来て」と、先導して森の中をすたすた歩き出した。置いて行かれたら事なので、あたしたちは慌てて後を追う。
 しばらく歩くと、小さいがしっかりと建てられた小屋が見えてきた。
「おばあさま、戻りました」
「お帰り、エイリーン。ご苦労だったね」
 女の子が扉を開けると、しわがれた声がして、彼女をエイリーンと呼んだ声の主が奥の部屋から現れる。高名な占い師という肩書きに違わない、やや小柄で穏やかな顔をしているけど、どこか底知れなさを感じる、お婆さんだった。
「ようこそ。あんたたちの事は占いに出ていたよ」
 ドローレスは、子供みたいに歯を見せて笑った。
「良く晴れた春の日に、それぞれに秘密を抱える三人組が来るとね。だからこんな天気の日は、布団を干して、料理を作って、エイリーンを森に迎えにやって。待っていた」
 それぞれに秘密を抱える。それを聞いた瞬間、あたしはどきりとした。このお婆さんには、あたしの事、全部見透かされてる気がして。
 リサを振り返る。彼女も同じ感覚を覚えたか、複雑な表情を見せた。
「それだけわかっているなら」
 セレンが急いた様子でドローレスに訊ねる。
「あんたには、オレが何者かわかっているって事か?」
 けど、ドローレス本人は、自分より大きな男に詰め寄られても飄々としていて、あいつをするりとかわすと、奥の部屋へスタスタ歩いて行き、大きな水晶が置かれたテーブルの前の椅子にすとんと腰を下ろした。
「わかっているとして、語ったところで、お前さんがそれを信じるとは限るまい?」
「信じる信じないは、聞いてみなけりゃわからないだろ」
 あいつはつかみかかるんじゃないかって勢いでドローレスの元へ歩み寄って、バン、とテーブルを叩く。
 と。
 ドローレスがいきなり、かっと目を見開いた。それだけで、彼女を中心に風が吹いたかのように強力な目に見えない波動が、部屋を駆け抜ける。
 あたしとリサはスカートをめくられないように咄嗟に押さえたが、それよりも、波動をまともに食らって飛ばされて来たセレンが、どこかに頭を打ちつけないように、受け止めなければならなかった。エイリーンは慣れなのか、ひとり平然としていたけれど。
 風が収まる。もんどりうって三人揃って倒れ込まないように支え合いながら、あたしたちが体勢を立て直すと、ドローレスはふうと息をひとつつき、元の穏やかな表情を取り戻していた。
「物事には時期というものがある、って事だよ。占い師は、受け止め切れない事実を相手に語るほど迂闊じゃあいけなくてね」
 言いながら、ドローレスは水晶に両手をかざす。途端、水晶がほのかに白い光を放った。
「影が、魔法王国に迫ろうとしとる」
 ドローレスの言葉にリサがさっと顔色を変えた。この世界で魔法王国といったら、ただ一国、ランバートンだ。そこが故郷のリサが焦るのも無理は無い。
「サンザスリナに地、ランバートンに水、ヴァリアラに風、クルーテッダスに光、そして火と闇は歴史に埋もれ行方の知れない、二面性持つ石デュアルストーン
 歌うようにドローレスは語り、そしてセレンを見る。
「まずはそれらを追うが良い。デュアルストーンを追う道は、シェイドを追う道、ひいては、お主の求める答えがある道へ、全て繋がっておるぞ、セレン・アルヴァータ・リグアンサ」
 名乗ってもいないのにフルネームを言い当てられて、あいつが息を呑むと、次はリサに。
「リサ・セリシア。お前さんのごく身近な者に災難が降り懸かるやもしれんが、その時は、お前さんが支えてやるんじゃぞ」
 そして、ドローレスの焦げ茶色の瞳があたしに向く。
「カラン・ミティア。逃げているばかりでは何も解決にならん。いずれ大きな運命の波が、お前さんに訪れる。それにしっかりと向き合うのじゃ」
 あたしの心臓がまた跳ねた。やっぱり、この人には全部わかってるんだって。でも、大きな運命の波って何? 何でそんな事言うの?
 問い詰めたかったけれど、きっとまたさっきの気迫でかわされるのが目に見えていたので、あたしはぐっと堪えた。
 多分、その答えはあたし自身で探さなきゃいけない。そんな気がして。
「さて、真面目な話はここまでにしようかの」
 ドローレスが、ぱん、と手を打つ。水晶の光が消え、あたしたちは夢から覚めたようにはっと我に返った。
「お前さんたちの為に用意した食事があるんじゃ。もちろん、食べて行くな?」
 あたしたちはごっくんと喉を鳴らした。ザスを出てフェリオのお弁当を食べ尽くした後は、保存食しか口にしてなかったので、とても魅惑的な響きだった。
 あたしたちの反応を見て、ドローレスが満足げにうなずく。
「じゃあすぐに、食事にしようかの。エイリーン、お茶も淹れておくれ」
「はい、おばあさま」
 エイリーンが続きの部屋へ消えてゆく。ドローレスは椅子からひょいと降りて、あたしたちを順繰りに見上げた。
「ま、これからちょいと難儀な道のりになるんじゃ。ここでほんの少しでも息抜きしてゆくがええぞ」
 ちょいと難儀。
 一体どれくらい難儀になるのか、その時は見当もつかず、あたしたちは中途半端な笑い顔をお互いに向けるしかなかった。