第4章:埋没の過去(4)
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 一体、何がどうなってるの? セレンがあたしに武器を向けるなんて。
 愕然とするあたしに向けて、あいつが口を開いた。
「死した我々の苦しみを、生ける者に」
 いつものあいつの口調じゃない。無機質に、無感情に紡ぎ出される声に、背筋をぞくりと怖気がはい上がる。
 ぐいと手を引かれる。ほとんど反射で、あたしはあいつの腹に蹴りひとつ入れていた。あいつが低くうめいて力がゆるんだ隙に、手を振りほどくと、あたしは居間を飛び出した。
 屋外に逃れたあたしは、しかし、あたりに漂う生温い空気に足を止めた。いやな予感がして、周囲を見渡す。
 想像は外れていなかった。道に転がっていた死体たちが、むくりと起き上がったのだ。そして、魔力人形マークくんに負けず劣らずカクカクした動きで、こちらに迫ってくる。
 剣を船に置いて来てしまった事を激しく後悔したが、無いものを悔やんでもしょうがない。詠唱を開始する。
『光の精霊よ、彷徨える魂に正しき天への道を示せ』
 黄泉から帰って来た、不死者アンデッドと呼ばれる者たちに有効なのは、光魔法。第一階層だけど、確実に撃退できる。不死者たちがうめき声をあげながら、降り注いだ光の中に消えた。
 だけど、奴らは後から後からわいてきて、際限が無い。数的に不利だ。集落の中を走り抜け、比較的原型をとどめている建物――教会だった――を見つけると、一目散に駆け込み、扉を閉めてかんぬきをかけ、不死者たちを閉め出した。
 扉にもたれかかったまま呼吸を整える。生乾きの服と髪が今さら気持ち悪く身体にまとわりついた。
 そして考える。『死した我々の』って、セレンじゃない何かは言った。あいつも死者に取り憑かれたのだろうか。自分の中にいるという火の鳥フェニックスを召喚できるあいつだから、あながち荒唐無稽な話じゃないかもしれない。
 どうしようか。味方も無しに不死者たちの相手をして、あいつを正気に戻す事ができるだろうか。巡らせていた思考は、がしゃあああん! と、教会の窓が勢いよく砕ける音で、中断させられた。
 窓を破り飛び込んで来たのはセレンだった。こちらが振りあおぐより速く飛びかかって来たかと思うと、魔道剣を持っていない方の手で首根っこをつかまれ、押し倒された。
 その手に、ためらいや遠慮なんて微塵も無い力が込められる。瞳は色をなくしたまま、これっぽっちの感情も見られない。息が詰まる。
 あたし、殺されるの?
 血が回らなくなってぼうっとしてきた頭で、思考する。
 シラフじゃないあいつに、こんな所で? デュアルストーンを守りきれないまま。兄さんに再会できないまま。故郷の皆の仇も討てないまま。
 ――冗談じゃない!
 必死に手をのばして床を探る。指先にこつりと触れるものがあって、それが何かを確認もしないまま、無我夢中でつかむと、ごめん、と心の中でわびながら、あいつに向けて振り下ろした。
 がつっと結構鈍い音と同時に、あいつがのけぞる。その手から逃れてごほごほと息を整えながら、手にした物に目を落とせば、それは古びた燭台だった。これはちょっと痛かったかもしれない。
 額から血を流しながら、それでもあいつは体勢を戻し、獣のようにうなる。魔道剣を手に、襲いかかって来るあいつを前に、あたしの口はやはり反射的に、詠唱をしていた。
『風の精霊よ、黄金の鏃となって駆け抜けろ』
 雷の矢があいつの肩を撃ち抜く。威力を最小限に抑えた第一階層だったけれど、あいつの手から魔道剣が離れ、身体は後方に吹っ飛び、教会内に備えつけられた朽ちかけの長椅子をいくつか決定的に破壊して転がった。
 あたしは立ち上がって、ゆっくりとあいつに近づいてみた。生命の危機の咄嗟の事だったとはいえ、さすがにやりすぎたと思った。傷がすぐに回復するあいつでも、起き上がれないんじゃないか不安になって、こわごわ顔をのぞきこむ。と、がしりと足首をつかまれてぎょっとした、が。
「……ってえ……」
 と呟きながらこちらに顔を向けたセレンの瞳は、褐色に戻っている。額の血ももう止まっているみたいだった。
「悪い」
 ようやっと表情を取り戻したあいつが苦笑する。
「オレ、霊媒体質だったみたいだな」
 冗談ぽく言ってみせるあいつに、怒る気も謝る気も失せてしまったあたしは、笑いこぼれる事しかできない。
 そんな時、背後で、がきん、と扉にかけたはずの鍵が壊れる音がした。あたしたちがはっと振り返ると、扉を破壊して不死者たちがなだれこんで来る。
「くそっ、勝手にひとに取り憑いてくれた礼だ」
 奴らを見すえるあいつの瞳が、赤に変わる。
「成仏しやがれ!」
 その一声と共に、赤い光があいつから立ち上ったかと思うと、火の鳥が姿を現し、不死者たちに躍りかかった。標的だけを焼き尽くす炎に包まれ、不死者たちの呻吟があたりに満ちる。
『我々は、シェイドに滅ぼされた』
『生きたまま引き裂かれた苦しみを』
『誰にも気づかれぬまま、打ち捨てられた哀しみを』
『生ける者に』
「恨み言ならあの世で言え!」
 次々と耳に届く怨嗟の声。それをあいつが斬って捨てると、炎は一層勢いを増して吹き上がる。
「カラン、光魔法!」
 叱咤されて、あたしは詠唱を開始した。あいつに合わせて魔法を放つ。二人分の威力が合わさった光魔法があたりを照らし、不死者たちは呪詛みたいなうめきをあげながら、次々と霧散するように消えていった。

 集落のはずれに咲いていた夏の花を摘んで、教会の祭壇に供える頃には、夜も明けようとしていた。
 影に滅ぼされた島。誰にも気づいてもらえなかったこの場所の存在を、影に狙われているあたしたちが知ったのは、ただの偶然ではなかったのかもしれない。そんな考えが頭をよぎったけれど、そうそう都合のいい話ではないかもしれない、とも思い直した。
「あなたたちの分まで、仇は取るから」
 だから、安らかに眠って。
 静かに告げて、あたしたちは集落を後にする。
 浜辺へ戻ると、船影が見えた。セントパミラ号だ。そこから降ろされた小船が、こちらに向かって来る。その上で、エイリーンがあたしたちを見つけて手を振っている。助かった。ようやっとの安堵が、あたしたちの間に訪れた。
 あたしたちは、セントパミラ号に無事帰る事ができた。この世界には珍しい、あたしの緑の髪を見て、エイリーンが心底驚いた表情をしていたけれど、あたしは船に戻ってすぐに、また黒く染めてしまった。
『逃げているばかりでは何も解決にならん』
 パティルマ・ドローレスの忠告には、まだしばらく従えそうにない。