第5章:混乱の収穫祭(1)
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 結構、楽しい旅だったのかもしれない。この頃までは。

 ハプニングがあったものの、あたしたちはセントパミラ号で海を越え、ダイアム大陸にたどり着いた。
 ヴァリアラ王国を目指して、大陸の北へ、北へ。その間に季節は、あたしの誕生日を過ぎ、夏を終えようとしていた。
 十五歳から十六歳になる間に、色々と変わったと思う。子供っぽい顔と思うように伸びてくれない身長は相変わらずだけど。ああ、たまに行き会った隊商の馬車に、護衛を交換条件に乗せてもらったりもしたものの、あとは歩きで、魔物と年がら年中戦って剣を振り回していたから、筋肉がついたかな。油断したら将来ぜい肉になっちゃうと思うと、女の子にはちょっと嬉しくない。
 そして何より、旅に出てザス以外の世界を知ったのは、大きな環境の変化だった。クロウやリサ、エイリーン、エリル様、フェルバーンさん、優しい人たちと出会った。ハルトのように、わかりあえないまま別れた人もいた。
 それら全ての出来事のはじまりに、セレンがいる。あいつと出会ってから、あたしの日常は非日常に変わった。それは辛い過去を想起する道であったし、新しい思い出を増やす旅路でもあった。
 命がけの戦いもあったけれど、シェイドがデュアルストーンを狙っていること、その影にセレンもあたしも狙われているんだってことを、たまには忘れて、野宿の食事時に他愛無い話で笑いを交わしたりもした。
 そんなこんなで旅を続けて、また別の隊商に同行させてもらった時、彼らの行き先と、そこで行われるというイベントに、あたしたちは興味を引かれた。
「ガゼルの収穫祭?」
 ダイアム大陸一、ううん、世界一の商業都市かもしれない、カバラ社の本社があるガゼルでもうすぐ、盛大なお祭りが開催されるらしい。それこそ世界中から商人や芸人や旅人が集まって、それはそれは大盛り上がりだとか。
 ヴァリアラには急がなくちゃいけないけれど、少しだけ、ほんの少しだけ、息抜きしてもいいか。あたしたち三人はそう同意して、ガゼルに寄り道することに決めた。
 正直なところを言うと、それに加えて、あたしはちょっとだけ期待していたんだ。フェルバーンさんに、『ダイアム大陸のガゼルに来たら、是非本社を訪ねてくれ』と、『また会いたい』と言ってくれたあの素敵な人に、本当に再会できるんじゃないかって。

 ガゼルが世界一の都市というのは、誇張じゃなかった。
 魔物から街を守るためにそびえる外壁はどこまでも続いて、入口の門から広がる街並は、見渡す限り果てが無い。道路は石畳で綺麗に舗装され、人が歩く歩道と、魔力で動くカーが走る車道とにちゃんと分かれている。その両脇にはぎっしりと店が軒を連ね、人々が行き交っていた。
 街全体がゆるい上り坂になっていて、上を見上げれば、やはり魔力で動く箱のような乗り物が街中に張り巡らされた鋼鉄の綱にぶら下がっていて――空中ケーブルというらしい――、人々は、徒歩よりもそれで街の中を移動しているみたい。
 そして、その最奥部にそびえ建っているひときわ背の高い建物が、カバラの本社なんだとか。
「この街は初めてですか? では、これをどうぞ」
 入口で簡単な身分チェックを受けた時、受付のカバラ社正社員のお姉さんが、ガゼル全体の案内パンフレットと、もう一枚の紙切れを、営業スマイルばっちりで渡してくれた。ので、ひとまず腰を落ち着けようと、パンフレットを開いて食堂を探し、挙げられている一覧の中から、街の中心部にほど近くて味もそこそこいいと書いてある一軒を選び出した。
 そこに行くまで、早速空中ケーブルに乗る。足が地についていない気分はなんとも妙で、綱一本にぶら下がっているだけというのも心もとなかったけど、乗り合わせている人たちは、慣れている住民か、あたしたちみたいに好奇心旺盛な旅人で、落ち着き払ってケーブル内に備えつけられた座席に座っているか、物珍しそうに窓にはりついて眺めを楽しんでいるかの両極端だった。
 そんな中、セレンはそのどちらでもなくて、何故かケーブルの真ん中でそわそわおさまりが無い様子を見せ、でも絶対に外は見ないようにしている。
「何やってんの?」
「……高くて恐い」
 訊けば、物凄く情けない細い声で答えが返って来た。いつも滞空魔法でビュンビュン飛んでいるくせに今更何ぬかしてるんだか。呆れてそう言ってやったら。
「自分で飛んでる分にはいいんだよ、絶対落ちないってわかってるから!」
 説得力があるのか無いのかよくわからない理由を、あいつは叫ぶ。
「うう、この揺れと中途半端な高さ……気持ち悪っ」
「そうかしら? 綺麗な街並が見られて気持ちいいと思うわよ」
 本当に吐きそうなくらい青っ白い顔で呟くあいつを、窓際で嬉々として外を眺めていたエイリーンが振り返る。実に対照的な反応で、あたしは笑いをこらえきれなくて吹き出し、「笑うな! 本当に恐いんだよこっちは!」とあいつに怒られた。
 そうして十分ほどケーブルに揺られ、発着駅からちょっと歩いてたどり着いた食堂は、ダイアム大陸辺境発の郷土料理がおいしいと評判の店だった。店舗の広さはザスのフェリオの店と同じくらいで、そんなに、大きい! ってほどでもないけれど、お昼のピーク時間はもう過ぎたのにお客がそれなりに入ってる。
 メニューの数が結構あるなあと三人で迷っていたら、特注のカバラ社製魔力製麺装置で麺を打った『ラーメン』とやらが一番のオススメだと、髪の毛をお団子に結わいた、赤くて丈の短いスリットが入っている制服をまとったウェイトレスが言うので、しょうゆ、みそ、塩、とんこつの四種類ある味の中から、セレンはみそ、エイリーンはしょうゆ、あたしは塩味を頼んでみた。あいつは一緒にレモンスカッシュも抜かり無く。……本当に好きなんだ……。いや、何でも塩味ばっかり選ぶあたしも、人のことを言えないんだけど。
 食事が運ばれてくるのを待つ間に、パンフレットと一緒に渡された紙に目を通してみる。それは、カバラ社主催の収穫祭の詳細について書かれたチラシだった。
 なんでも、フタツノブタというガゼル特産の家畜は、普段は愛くるしい顔をしている(の?)温厚な動物なのだが、秋になると、その名の通りの立派な角が二本伸びてきて凶暴になるので、収穫祭のメインイベント『狩猟会』と銘打ち、街に放って、腕自慢たちに角を狩らせるのだとか。最も多く角を狩った優勝者には、五千ディールなんて、けっこうな額の賞金も出る。
 ちなみに、いい餌を食べて育ったフタツノブタの肉は、ブタでありながら立派な霜降りで、かなり高級。らしい。
 ラーメンを、お箸とやらを四苦八苦しつつ使ってずるずるすすった後、お腹を休めながらあたしたち三人は話し合う。
「カバラ社のやる事はやっぱりわかんねえ」
 セレンがぼやき、
「でも、ひとつだけわかった事がある」
 と言うものだから、何? と首を傾げると、あいつは不満そうに目を細め、手にしていたグラスを掲げて。
「ガゼルのレモンスカッシュは、まずい」
「そんなどうでもいい事?」
 あたしはため息ひとつついたんだけど、「でも」とエイリーンが小声で洩らす。
「セレンの言う事もわかる気がするわ。このお店の食事も決して美味しくない訳ではないけれど、何と言うか……人工的な味しかしないのよね」
「自然じゃない?」
 あたしの言葉に、エイリーンはうなずく。
「魔力を使った技術ばかりに頼っていると、天然の味が失われていくんじゃないかしら」
「そうやってアストラルは、技術革新にのめり込んでいったから、自然の摂理を狂わせ、破壊者を生み出し、世界を崩壊寸前まで追い込んだんだ」
 エイリーンとあたしはぎょっとしてセレンの方を振り向いた。また、あいつの口から、よくわからない言葉が飛び出したから。
「ねえ、本当は記憶戻ってるんじゃないの?」
「……え、何が?」
 一応訊いてみるけれど、あいつはやっぱりはっと我に返って、自分が言った事も覚えていない様子でぽかんとしているばかり。
「それよりさ」
 あたしたちの驚きには受け合わず、当の本人は収穫祭のチラシをぴらぴら振って、さっさと話題を振り替える。
「どうするんだよ。ここまで来たからには、これくらい参加しないと、寄り道した意味無いんじゃないのか」
 凶暴化した獣を街中に放つなんて馬鹿騒ぎにもほどがあるんじゃないかと、最初に思いついた人の感性を疑うんだけど――やはり大昔に、興奮した牛を街に放って追いたてるなんてとんでもない祭が、どこかであったそうだが――、チラシを読むとどうも、二十年くらい前のカバラ社社長が始めてから、毎年続いている恒例行事らしい。フェルバーンさんが考えたんじゃなくて良かった、という思いがふっと頭をよぎった。あの知的で落ち着きのある人がこんな危険なイベントの発案者じゃ、イメージがガタ崩れだ。
「確かに、五千ディールは魅力的よねえ。もし優勝できたら、ヴァリアラ首都まで楽な旅ができそう」
「どれだけの人数が参加するのかわかんねえけど、三人で出れば、賞金をもらえる確率が少しは上がるんじゃないか」
 エイリーンとセレンは乗り気だけれど、あたしは改めてチラシを読み直して、気づいた。
「あ、セレンは駄目。無理」
 あいつが怪訝そうな表情をするので、チラシの一文を示してやる。
「魔法は使っちゃ駄目なんだって。あくまで腕一本での勝負。それに魔道剣も駄目だよ。どこにいるかわかんない影に、『セレン』がここにいますって大声で知らせるようなものだからね」
「じゃあ、参加できるのはわたしとカランだけね」
 不服そうにのけぞるあいつに、くすりと笑みを向けてエイリーンが言う。その時だった。
「――カラン?」
 背後の席から、驚いたようにあたしの名前を呼ぶ人がいた。その声に聞き覚えがありすぎて、あたしは一瞬、ひゅっと息を呑む。
 まさか、あの人がこんな所にいるなんて。そんなはずは無いと思う気持ちと、もしかしたらどこかで会えるかもしれないと思っていた気持ちとが、ないまぜになって、心臓がばくばく言う。
 のろのろと声の主を振り返る。あたしと同じ青の瞳が、やっぱりあたしと同じくらいの驚きを宿して、あたしを見つめている。
 身内なんだから、四年近く会わなくても、絶対に見間違える事の無い顔。
「……兄さん……」
 でも、一緒に黒く染めたはずの、元は緑の髪は。
 色を失って真っ白になっていた。