第6章:風王国の陰謀(1)
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 いつの間にか、大きな流れに巻き込まれてた。

 あたしたちは四人でガゼルを発った。
 ラテジア兄さんを仲間に加えて。
 収穫祭がシェイド騒ぎでそれどころじゃなくなって、ゴタゴタしていたが、騒然とした雰囲気も消えて、街が元の活気を取り戻す頃、あたしたちはガゼルを出る事にした。その出発の時、街の入口で、兄さんが腕組みして門に寄りかかり、あたしたちを待っていたのだ。
「お前たちにうろちょろされるのは迷惑だが、俺の知らない所で怪我をしたり死なれたりしたら更に寝覚めが悪い。それならいっそ、目の届く範囲に居た方がいいだろう」
 妹のあたしが言うのもなんだが、本当に素直じゃないって言うか、不器用な人だ。セレンは少しむっとしてみせて、エイリーンは何だか妙に嬉しそうだった。
 リュードさんは一足先にガゼルを出たそうだ。故郷のヴァリアラに帰ったらしい。どうせ同じ行き先なら待っててくれてもよかったのに。そう兄さんに洩らしたら。
「別に奴とは仲間でも相棒でもない。そこまでベタベタするのは気持ち悪いだろうが」
 と、にべもない答えが返って来た。まあその通りだし、人とつるむのを好まない兄さんが、あたしたちに同道してくれるのさえ奇跡なんだ。リュードさんに聞いた話が本当なら、本当は、二度と旅の道連れなんか作りたくないとまで思っているのかもしれない。
 それでも、あたしがいるから。あたしを心配してくれたのだ。そんな兄さんの優しさに、言葉には出さないし、出してもそっけなく流されるのはわかりきっていたので、心の中でそっと感謝する事にした。
 四人になったあたしたちの道中は、格段に楽になった。
 まともに目を合わせたら身体中の血が凝固して死に至ると言われているカトブレパス、植物が意志を持って動き回るようになったマンドレイク、翼持つ女怪ハルピュイア。オルトバルスより確実に凶悪になって数も増えた魔物との戦いも、兄さんがいれば百人力だった。詠唱時間が必要無いとはいえやはり魔法発動時は隙ができるセレンを、今まではエイリーンとあたしの二人で守らなくちゃいけなかったのが、前衛が三人になって、あたしたちの戦い方にも幅と余裕ができた。
 この面子の唯一の弱点と言ったら、回復手段が足りない事。放っといても自然に治るのが一人いるけど、あたししか、しかも第一階層しか回復魔法が使えないのは、心もと無い。セレンは攻撃的な術しか使えないみたいだし、兄さんとエイリーンはそもそも魔法を習得していない。
 こんな時、回復魔法が得意なリサが居てくれたらなあ、と。ある日の戦闘後、エイリーンが腕に負った傷を治療しながら、今は遠い西の大陸にいるだろう彼女の事を思い出したりもしながら、あたしたちは旅を続けた。

 ヴァリアラ王国首都クライスフレインは、比較的新しい都市だ。都市と言うよりは、ひとつの巨大な砦と呼んでもいいかもしれない。街と城が一体化しているのだ。高い城壁に囲まれた建物の中に市と住宅が築かれ、人々が暮らし、そして最も高い場所に、王族の住まう楼閣がある。
 何でも、ここから東の地にあった前の首都は、ランバートンのように城下に街が広がる構造だったけれど、ある時魔物の大群に攻め入られ、街があっという間に焼け落ちてしまったので、先代の王様が古い城塞都市をある程度改装して遷都したらしい。城と街が一緒なら、外敵に攻め込まれても守備がたやすい。……万一滅びる時はどちらも道連れだけど。
 それはさておき。
 デュアルストーンを守るには、それを守っている王族に会って、影が狙っている事を伝えなくちゃならない。だけど、ランバートンでもそうだったように、一介のバウンサー一団が正面から行った所で門前払いを食らうんじゃないだろうか。そう危惧したら。
「つてはある」
 と、兄さんがそっけなく言った。理由を訊きたかったんだけど、あからさまに、それ以上説明するのは面倒だって表情をしていたので、追究するのはやめておく。
 だけど、あたしたちは結局この時、クライスフレインでヴァリアラ王族に会う事はできなかった。その代わり、意外な人物に再会したのだ。

「お待ちください、お考え直しください!」
 楼閣にほど近い渡り廊下で、いくつかの足音と、誰かを必死に引き止めようとする男性の声が耳に届いて、あたしたち四人はそちらに目を向けた。
「何度も考えた結果ですわ。私はまいります」
 ここに来るまでに何人か見かけた白いヴァリアラ騎士団の制服を羽織った、結構背の高い男の人を、凛とした口調でたじろがせている女性が一人。はじめはわからなかったんだけれど、その後姿と、肩口までの水色の髪をまじまじと見ているうちに、あたしの記憶の中にいるある一人と背格好が一致した。セレンとエイリーンもほぼ同時に気づいたらしい。そんな、まさか。すっとんきょうな声が、あたしの口からこぼれる。
「リ、リサ!?」
 その呼びかけに彼女が振り向く。間違いなくその人物は、リサ――ランバートン王妹エリサ・セリシア・ランバートン――だった。
「まあ……カランさん、皆さん!」
 リサは碧眼を驚きに見開いた後、懐かしそうに細めてこちらに駆け寄って来た。
「お久しぶりですわ。無事に旅を続けていらしたのですね」
 あたしたちひとりひとりと握手を交わしていたリサは、兄さんの存在に気づくと、小首を傾げる。
「こちらの方は?」
「あ、あたしの兄さん」
 それを聞いて、彼女は目をぱちくりさせる。
「あら、まあ。確かに、言われてみれば、カランさんに似てらっしゃるところも」
「無いだろう。似てない兄妹だと昔から言われていた」
 兄さんは憮然と言い放ったものの、差し出された手を無視しないで握り返すだけの礼儀は持ち合わせていた。
「それにしても、リサこそ何でヴァリアラに?」
 セレンが問いかけると、
「エリサ姫様は」
 リサが答えるより先に、彼女の背後に控えていた騎士が口を開いた。
「我が国の国王陛下と、婚約関係を結ばれております」
 ふうん、王様の婚約者……とあたしたちは納得しかけて、ぎょっと顔を見合わせ、がばりとリサを振り返り、
「婚約者―――ッ!?」
 さっき以上に裏返った声をあげてしまった。やっぱり兄さんだけは驚かずに、平然と腕組みしている。リサとは初対面だから、知ってた訳じゃなさそうだし、兄さんは昔からそうなんだけどそれにしても、本当に人前で動揺を見せるのが少ない人だ。そんな兄さんを見て、騎士が頭を下げた。
「お久しぶりでございます、ラテジア・カイナー殿」
「サイゼル・ロストック」
 兄さんは目を細めて騎士の名前を口にする。サイゼルと呼ばれた騎士は、あたしたちに向き直り、再度うやうやしく礼をしてきた。
「ヴァリアラ騎士団長を務めております、サイゼル・ロストックと申します」
 兄さんてば、人付き合いが苦手なはずなのに、ヴァリアラの騎士団長さんと知り合いだなんて、ザスを出た後のこの人の交友関係って一体どうなっているんだろう? そんなあたしの疑念に気づいたらしい、サイゼルさんは言葉を継ぐ。
「ラテジア殿には以前、王位を巡る騒動が起きた際、バウンサーとして解決に尽力していただきました。あの時は本当に」
「過去の話で何度も礼を言われる筋合いは無い」
 サイゼルさんの台詞を中途にさえぎって、兄さんはため息をつきながら告げた。
「事情はなんとなくわかった。またデミテルが行動を起こし、奴が見境無く飛び出していった、というところか」
「お察しの通りです」
 また、あたしたちの知らない名前が出てきた。デミテルとか、奴とか、誰のことだかわからなくて混乱するあたしたちに、サイゼルさんは改めて説明してくれる。
「我らが国王陛下レジェント様の妹君、アリミア姫様が、亡き前王妃様の弟であるデミテル公の手の者にさらわれたのです。公は旧首都の王城に立てこもり、デュアルストーンとヴァリアラの王座を身代に要求してきました」
「それで、王様が妹さんを助けに飛び出して行った?」
 セレンが訊ねると、サイゼルさんは、お恥ずかしながら、と目線を下げた。
「陛下は普段は非常に落ち着きのある、王者の風格を備えた方なのですが、アリミア姫様を、まあ、率直に申しますと、溺愛されていまして。姫君の事となると、少々冷静な判断力を失ってしまわれるのです」
「あれは少々のレベルじゃない」
 その王様の事を思い出したのだろうか。兄さんがまたひとつため息を洩らす。
「それで。あいつは、デュアルストーンも持って行ったのか」
「最上階の神殿の封印を解かれました」
 兄さんの眉間のしわが、一層深くなったような気がした。あの兄さんを困らせるなんて、この国の王様って一体どんな人物なんだろう。すごく聞いてみたいような、聞くのが恐いような気がしたんだけれど、今はそれどころじゃない。
 王位が欲しいだけの誘拐犯なら、何に用いるのかわからないデュアルストーンを要求してくるはずが無い。レジェント王の命を取るだけで充分だろう。と、いうことは。
「影がデュアルストーンを狙って動いている。デミテルが奴らと関係している可能性が高い」
 あたしの推測そのままを、兄さんがサイゼルさんに述べる。
「そうすると、奴がデミテルに敵う道理は無い」
 サイゼルさんの表情がこわばるのがわかった。それを見て、ううん、見る前から心に浮かんでいた考えを、あたしは口にする。
「助けに行こう」
 兄さんが、セレンが、エイリーンが、リサが、サイゼルさんが。皆があたしを振り返った。
「あたしたちが協力すれば、アリミア姫を助けられるかもしれない。王様を追いかけようよ」
「だな。お前なら、そう言い出すと思ってたぜ」
 あたしの言葉に真っ先に返答してくれたのは、セレンだった。
「話だけ聞いて見過ごす訳にはいかないわよね」エイリーンが強気に微笑む。
「先ほどまでは、私一人ででも、と考えておりました。どうか力を貸してくださいますか」とリサ。
 兄さんは、しばらく腕を組んだまま無言だったんだけど、
「ここで俺だけ抜けると言える状況でないだろうが」と、ぽつり。
 あたしたちの言葉を聞いたサイゼルさんは、軽い驚きに目をみはった後、深々と頭を下げてきた。
「何とお礼を申し上げればよいか……。私は、騎士団長として、陛下不在のクライスフレインを守らねばなりません。どうか、陛下と姫様をよろしくお願いいたします」
 そうして彼はすぐさま、部下の騎士を招集して、王様を追いかける為の人員を手配してくれた。ヴァリアラでは、空飛ぶ魔物グリフォンを乗用として使っている。魔物の中でも比較的温和で、訓練すれば人間の言うことを聞くようになるグリフォンは、騎士たちの移動手段にもってこいだ。
 王様と、彼に付き従って行った騎士も、空を飛んで行ったらしい。騎士の人はグリフォンを使うんだけど、王様だけは更に特別で、魔物の中でも非常に希少で、幻鳥とも呼ばれている、銀の翼を持つ魔鳥ガルーダを操るんだって。
 とにかく、少しでも早く二人に追いつくには、こちらも空を飛んで行くしかない。あたしたちはグリフォンをそんなすぐには操れないから、騎士たちのグリフォンに相乗りさせてもらうしかない。そういう訳で、サイゼルさんが連れて来た数人の騎士を率いるのは、あたしと大して年齢が変わらなそうな、騎士であるには可愛らしい、あたしに負けず劣らず小柄な女の子だった。
「ナイアティット・ロストックと申します。よろしくお願いいたします」
 そう朗らかに名乗って、彼女はぺこりと頭を下げる。名前から、ああ、サイゼルさんの娘さんなのか、と思ったので、そう言ったら、ナイアティットは、「いつもそう、間違われるのですけれど」とくすりと笑いを洩らした後、実に衝撃的な発言を放った。いわく、
「サイゼルは私の良人おっとです」。
 兄さんとリサを除いたあたしたち三人が、クライスフレインに来て三度目の驚愕の叫びをあげたことは、言うまでもない。