第6章:風王国の陰謀(3)
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 リュードさんが、レジェント王?
 ヴァリアラ一国の王様で、リサの婚約者で、クロウの仕える人で、幻鳥の乗り手で?
「普段は冷静なのに妹さんの事になるとあとさき見えなくなっちゃうような人!?」
「お前考えが口に出てる」
 セレンに呆れられ、咄嗟に口をつぐむけど、出てしまった言葉は覆せない。でも、リュードさん、もとい、レジェント王は、苦笑しながら。
「いや、言われても仕方無い、本当の事だからね。サイゼル達には悪かったと思っている。だが」
 そして、真顔になって言葉を継ぐ。
「あいにく、部下に全てを任せて玉座にじっとしているなどできない性分だ。引き返しはしない」
 それからリサに視線を向けて、しばし躊躇った後、遠慮がちに告げた。
「しかし、エリサ姫まで来られるとは。クロウをつける、あなただけでも戻られた方が」
「いいえ、お気遣いはご無用です。私の回復魔法が必要とされる事態があるかもしれませんので」
「……そうか」
 向き合ってはいるのにしっかりと目を合わせず、二人はどこかぎこちない会話を交わす。婚約者だというのに、なんだかすごくよそよそしい。
 そこであたしは思い出した。狩猟会の前に、レジェント王が、「他人というのは難しいものだ」と言っていた事を。あの時は明確な答えをよこしてはくれなかったけれど、レジェント王が困っていた対人関係とは、リサとの事だったのかもしれない。推測だし、その原因が何なのか、今のやりとりだけではわからない。けど、王族の結婚というのは大概恋愛じゃなくて政略だっていうから、凡人にはわからない複雑な事情があるんだろう。
「ところで」
 そのまま場が沈黙に陥りそうだった時、それを打ち破ったのは、意外にも兄さんだった。
「お前、持ち出したデュアルストーンは奪われていないだろうな」
 大国の王様相手に、正体を明かした後も、対等、というかむしろ上から見ているんじゃないかってくらいの口のきき方。こっちがひやひやするんだけれど、以前からの知り合いなので、レジェント王も許容してくれているんだろう。嫌な顔も見せず、ああ、と答えて。
「石は、ここに」
 と、自分の胸に手を当てる。きちんとしまいこんでいる、という主張だ。
「そう簡単にデミテルに渡しはしない。それだけの頭はまだ働くさ」
「なら、その理性を失うな」
 兄さんはそっけなく言って、再び歩き出した。
「敵は俺たちが蹴散らす。お前は妹を救う事だけ考えていろ」
 あたしたちは思わず顔を見合わせて苦笑いしまった。これが兄さんなりの精一杯の気の遣い方なんだろう。本当に不器用な人だ。
「何をしている。さっさと先に進むぞ」
「あ、うん」
 兄さんが怪訝そうな表情をして振り返ったので、あたしたちは慌てて取り繕い、後を追った。

 洞窟を更に進むと、眼前に地底湖が広がった。
 底まで見える澄んだ水。ひんやりとした空気を胸に吸い込むと、洞窟内を延々と歩いて来た鬱屈する気分が、少しだけ晴れるような気がする。これだけ綺麗な環境なら、さすがにカエルの魔物も出ないはずだ。
 と、その時、小さな悲鳴が聞こえた。少しぬめっていた地面のせいで、リサが足を滑らせたのだ。横にいたレジェント王が咄嗟に抱きとめて、転倒は避けられる。
「申し訳ございません」
「いや、何事も無くてよかった」
 すぐに身を離したかと思えば、やっぱりどこかぎくしゃくした会話。リサはどうして、レジェント王にはこんなにかたくなな態度をとるんだろう。一人ででも後を追おうとしたくらいだから、彼の事を心配してはいるはずなのに。
 なんて、横を向き考えながら歩いていたら、今度はあたし自身の足がつるりと滑った。たちまち体勢を崩して、どすんとしりもちをつく形になる。
「何やってんだよ」
 あいつが手を差しのべてくるけど、小馬鹿にした様子。
「見てたんなら助けてよ!」
「お前が転ぶほうが早かったんだよ」
 恥ずかしいのを隠すために声を荒げて手をはたいたら、しれっと返された。クロウは横を向き、笑いをこらえているんだろう、肩を細かく震わせている。兄さんが、はあ、と大きなため息ひとつつくのを、エイリーンが苦笑を浮かべて見ていた。
 気を取り直して歩き続けると、やがて天然の洞窟は終わり、人工的な壁に覆われた部屋に出た。そこはがらんとしていて、何も無い。ううん、正確にはひとつだけあった。部屋の奥に、台座がひとつ。近づいてみると、そこには雄々しく翼を広げるグリフォンの紋章が刻まれている。
「ヴァリアラ王家の紋章だ。昔の。そして」
 レジェント王が言い、手を伸ばした。かちり、という音と共に、グリフォンの首の部分だけが外れる。
「これが、現在の形になる」
 それを裏返して再度はめ込むと、後方を振り仰ぐグリフォンへと、紋章は姿を変えた。
 その途端、どこからか、何か重たい物が動く音と振動が響いてきたかと思うと、部屋の壁の一部が引っ込み、奥へと続く口を開けた。
 そこを順番にくぐり、人一人通るのがやっとな幅の狭い通路をゆく。どこまで続くのか、ずっと歩いていたら発狂して叫びだしそうな道は、だけど唐突に終わり、かび臭さが鼻をつく地下室に出た。
 いや、鉄格子がはまっているこれは。
「地下牢に出る道だったのか。そこまでは知らなかったな」
 レジェント王が呟いて、鉄格子に手をかけた。二十年近く放置されてすっかり腐食していた鍵があっけなく外れ、扉が開く。
「ここからはアヴェスタ城内だ。叔父上……いや、デミテルの手の者がいつ襲ってくるとも知れない」
 レジェント王の言葉にあたしたちは緊張感を高めて、それぞれの武器を握り直す。地下牢から出て、階段を上り、しばらく進むと、エントランスホールへ出た。薄暗くて、どれくらいの広さなのか、それぞれの通路がどこに続いているのか、よくわからない。
「アリミアが城内のどこに囚われているか、見当はつくのか」
 お姫様まで大胆不敵に呼び捨てで兄さんが問いかけると、レジェント王は、情けないが、とこぼす。
「アヴェスタで俺が暮らしたのは、物心がつくかつかないかの頃までだ。城内を把握している訳ではないよ」
「しらみつぶしに探して行く訳か」セレンがぼやく。「その間に、デミテルとやらに出くわしちまう可能性もあるんじゃないのか」
 するとクロウが、
「それはどうだろうな」
 腰を低く落として双剣を構え、前方の闇を見すえた。
「手下を送り出して、自分は安全な後方でふんぞり返る、ってのが、悪人のセオリーだからな」
 ずるずる引きずるような音が聞こえて来る。さっきの洞窟内での、レイフのぺたぺたもそうだけど、絶対気持ちのいいものじゃない何かが近づいて来る、というのが嫌ってほどわかる。
 そしてそれは予想を大体外れていなかった。ゾンビの更にたちの悪いやつ、グールの集団が、呻き声をあげながら現れたのだ。
 こいつらはそこいらのゾンビより更に強力で、確実に頭部を破壊しないと動きを止めない。弱点であるはずの光魔法にも少しばかり耐性がある。第一階層くらいじゃびくともしない。
 あたしは剣を握り応戦する事を選ぶ。魔法を使うのは、炎で燃やせるセレンと、第二階層以上の光魔法を使えるリサ任せだ。二人が魔法を放って、それを逃れた連中にあたしたちが斬りかかる。
 腐った肉片と血が飛び散って、腐敗臭があたりに満ちた。こんな奴ら相手に、ナックルをつけただけのほぼ素手で殴りかかるエイリーンは凄いと、戦闘中なのに、思わず感心して横目で彼女の戦いぶりを追ってしまう。
 あたしたちは、斬り払い、打ち飛ばし、魔法を放つ。だけど奴らは一体どこにそんなに隠れているのか、後から後から現れて際限が無い。うんざりしかけた時だった。
「妙じゃないか」
 クロウが、あたしと背を合わせて声をかけて来る。
「妙って、何が?」
「俺たちをここで足止めしたいんだろうが、それにしたって、もっと簡単な方法があるって事だよ。例えば……」
 言いさして、クロウははっと天井を仰ぎ見た。つられて視線を向け、あたしも息を呑む。と同時に、クロウに腕を引かれていた。兄さんが、リサとセレンを突き飛ばしながら自身も床を蹴るのを見た直後、天井から落ちてきた巨大なシャンデリアに、その姿が隠された。
 がっしゃあああああん!! と。
 重たい物が粉々に砕け散る大きな音に、しばらく耳がキーンと鳴った。
「……こういう事だ」
 耳鳴りが止む頃、そう呟くクロウに引っ張られるままに、あおのけに倒れ込んだ体勢で、頭だけ起こして見てみる。シャンデリアは、あたしたちの手前すれすれで見事な装飾を無残な残骸へと変えていた。横を向けば、エイリーンとレジェント王も、足くらい巻き込まれかねなかった結構際どい位置で青ざめている。
 グールの群れは、シャンデリアの下敷きになってほぼ全滅したようだ。あのまま戦い続けていたら、あたしたちも奴らの仲間入りだったに違いない。ぞっとして、それから気付く。巨大すぎるシャンデリアの残骸はエントランスホールを埋め尽くしてしまって、兄さんたちとあたしたちを隔てるには充分すぎる障害になったのだと。
「ラテジア、そちらは皆、無事か」
「無事でなかったら返事などできるか」
 レジェント王が向こう側へ呼びかけると、いつも通りの兄さんの声が返って来る。
「だが、これを退かすのは難儀だ。こちらは通路が続いているから、そこを行く。お前たちも道を探せ。これだけの城だ、どこかで繋がっているに決まっている」
 そっけない調子で一方的に告げると、リサとセレンを連れてさっさと奥へ行ってしまう気配がした。
「相変わらず強引というか、マイペースというか……」
「でも、そこが彼らしいのではないですか?」
 ちょっと呆れた様子でレジェント王が洩らすと、微苦笑を浮かべながらエイリーンが言う。そうだな、とレジェント王も肩をすくめてみせて。
「ここにいても仕方が無い。我々も進んでみよう」
 と先頭に立って歩き始めたので、あたしたちも後を追った。