第7章:旧世代の堕ちた聖域(2)
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 お菓子をおすそ分けしようと、剣の稽古が終わったクロウのところへ行くと、
「丁度よかった、つきあってくれよ」
 と、普段着に着替えた彼に連れられ、クライスフレインの市街地区へ一緒に出かける事になった。
 城塞都市の中という、街の広さが限られているので、しぜん、建物は上へ上へと伸びる。背の高い家が所狭しと軒を連ね、二階の窓から道向かいの二階の窓へ紐を渡して洗濯物を干す、なんて光景が繰り広げられている。
 そんな街並みを、勝手知ったる場所のように――実際そうなんだろう――すいすいと歩いてゆくクロウの後を、見失わないように追いかけ、一軒の家へと入って行った。
「ミーネ、おい、来たぞ、ミーネ!」
 入口で人の名を呼ぶクロウの背後から中をのぞくと、そこは小さな工房のようだった。炉があって、周囲には、重たそうなハンマーやら何に使うかよくわからない器具やらが散乱している。
「何だよ、いないのか?」
 クロウがちっと舌打ちして、小さく吐き捨てる。「相変わらず片付いてない汚い家だな」
 その直後だった。家の奥から飛んで来た何かが、スッコーン! と、クロウの額を打ってのけぞらせた。床にころころ転がるその何かの正体は、鉄製の、コップ。多分これは、当たると結構痛い。
「ったく、わざわざ人んちにケチつけに来たわけ、あんたは!?」
 気の強そうな声が、コップが飛んで来た方向から聞こえた。見れば、工房から家の奥へ続く戸口に、声の通り勝ち気そうな顔をした女性が、胸元で腕を組んで立っていた。その胸が結構大きいので、同性なのに思わず目が行ってしまう。そして、自分のそれを見下ろして、激しい敗北感に襲われた。
「……ミーネ、おっ、前!」
 額をおさえてかがみ込んでいたクロウが、がばりと立ち上がり、ずかずか大股で女性のもとへ近づいていく。
「俺を殺す気か? 殺す気だな!? あんな硬いもんぶつけられたら、打ち所悪けりゃ死ぬぞ!」
「はん、あんたなんか殺したって死にゃしないよ! グリフォンから落ちたってピンピンしてるだろうさ!」
 至近距離で怒鳴られても、臆する事無く毒舌返し。見た目と喋り方通りの強気な性格の人なんだろう。二人は額をすり寄せ合いかねない距離で睨み合いを続ける。
「あのー、すいません。あたしだけ状況がわかってないみたいなんだけど」
 このままだと話が進みそうに無いので、あたしは控えめに挙手しながら声をかけた。すると、二人ともはっと我に返って互いに距離を置き、きまり悪そうに苦笑したりなんてする。
「そもそも、ここがどんな場所で、何しに来たのか、聞いてないんだ」
 するとクロウが、
「ああ、そういやそうだな、悪かった」
 と、咳払いひとつして、女性を紹介してくれた。
「こいつは、ミーネ・スクーナー。俺の昔からの腐れ縁で、鍛冶師をやってる馬鹿力女」
「一言余計だよ」
 クロウの後頭部をはたいて、ミーネさんはにっと笑いを向け、あたしに握手を求める。
「あんた、うちの王様とお姫様助けに行ってくれた子でしょ? すっかりクライスフレイン中の噂になってるよ。損得勘定抜きで動いたバウンサーがいるって」
 確かに、利益を追求しないで何かをなしたバウンサーって、世間の目から見たらちょっと異端なのかもしれない。だけど、あの時はあたしも勢いだったし、無償奉仕とかそんな高尚なものをしたかった訳でもないのに、そんな風に言われると、なんだか恥ずかしい。照れくさい気持ちを抱えて、差し出された手を握り返す。大きくて力強い手だった。
「で、その時に王様、槍失くしちゃったらしいじゃん。その代わりの武器を用意してくれって、こいつから依頼があったから」
 そう言いながらミーネさんは一旦奥へ引っ込み、それから、布にくるまれた長い何かをいくつか持ち出して来た。
「ついでって言い方は悪いけど、今までこさえた物の中から、あんたたちにも使えそうな武器を選んどいたよ」
 そして、それぞれの布をばさりと取り払う。布の下からは、立派な槍や剣が現れた。華美な装飾は一切無く、見た目はシンプルだけど、とてもバランスのとれた、扱いやすそうな品ばかりだ。一目でそうわかる。
「造るだけ造って、そこいらの兵士が使うには勿体なさすぎると思って、お蔵入りにしてたんだ。でも、あんたたちみたいな人に使ってもらえるなら、この子たちも満足だろうから、手に合いそうだったら遠慮なく持って行って」
 促されるまま長剣を手に取る。軽い。でもそれは決して、やわな造りだという事ではなく、鞘から抜いた刃は鋭く輝き、充分な威力を有しているのだと、精一杯力説している。丁度、ランバートンで買った剣も切れ味が鈍ってきている。新調するにはいい機会だった。
「でも、こんないいもの、本当にもらっちゃっていいの?」
「ああ、気にしないで」
 訊ねると、ミーネさんがころころ笑いながらクロウの背中をばしんと叩く。
「請求はこいつにしっかりしとくから」
「俺個人かよ。王家にしろよ!」
 クロウは不服そうに鼻を鳴らす。
「大体、俺の分は無いわけ?」
 確かに、用意されたのは、長剣と、槍と、やや大ぶりの剣。それぞれ、誰かって言うと、あたしとレジェントと兄さん向き。クロウのように、二刀流で振り回せるほど刃渡りの短い剣じゃない。だけど、クロウの不満をミーネさんはしれっと切って捨てた。
「なんでアタシが、あんた専用の剣を打っておかなくちゃならないんだっての」
「へいへい、期待はしてませんでしたよ」
 憎まれ口を交わすが、とげとげしさは無い。どうやらこの二人にとっては、こうして喧嘩するのが日常茶飯事らしい。そう気づくと何だか微笑ましさすら感じて、あたしは思わずぷっと笑いを洩らしていた。
「とにかく、受け取ったぜ」
「また何かあったら言いな。できる限りの事はするから」
「請求は俺にするなよ」
 ミーネさんにくぎを刺し――まあこれも冗談の一環なんだろうけど――、クロウは、武器を再び布でくるむと、「ひとつだけ持ってくれ」と、あたしに長剣だけ託して、あとは自身で抱えて。
「それじゃ。邪魔したな」
 と言い置いて、ミーネさんの工房を後にする。
「また気軽に遊びに来なよ」
 ミーネさんは入口まで出て来て笑顔で手を振り、角を曲がって見えなくなるまで見送ってくれた。

 陽が暮れかけたクライスフレインの、楼閣へと戻る道を、あたしたちはややゆったりした足取りで歩いた。秋の空を流れる雲は高くにあって、吹き抜ける風には肌寒さが混じる。
「ねえ」
 何の気なしに、あたしはクロウに訊ねていた。
「ミーネさんって、昔から鍛冶師をしていたの?」
 答えがすぐには返ってこなかった。ので、視線をクロウに向けると、彼は言いあぐねるような逡巡を見せたが、やがて口を開く。
「あいつの家は、父親もじいさんも、その前から代々、アヴェスタで有名な鍛冶師だったんだよ。だけど、アヴェスタは」
 言葉を切ったところで、あたしは思い出す。アヴェスタは、二十年前に壊滅した事を。そして思い至る。恐らくその時に、お父さんもお祖父さんも亡くなったのだと。
「女手ひとつで育てたお袋さんも早くに病死してさ。あいつに残されたのは、鍛冶道具だけ。それを独学で使いこなす事を覚えた」
 後に彼女は、クライスフレインを訪れたバウンサー兼鍛冶師に指南してもらい、お金に換えて食べていけるだけの商品を作れるようになったのだという。
「あいつは、一人になっても、どんなに貧しくても、文句ひとつこぼさなかった。多くを望まないで、『明日になりゃどうにかなるよ』って、毎日笑ってた」
 ああ、あまり深く訊いちゃいけなかったかな。ちょっと罪悪感にかられて、あたしは話題を振り替える事も考えたんだけど。
「そんなあいつが、昔ひとつだけ、『将来は騎士様のお嫁さんになりたい』だなんて、乙女っぽい願望を口にしたもんだからさ」
 こちらの考えに気づいてか気づかなくてか、クロウは、はは、と笑って先を続ける。
「なんにも手助けできないのを歯がゆく思っていた幼なじみは、馬鹿正直にそれを受け止めて、立派なヴァリアラ騎士を目指しましたとさ、って話」
 あたしは思わず足を止めてクロウの顔を見上げていた。クロウも立ち止まり、不思議そうに見下ろしてくる。
 初対面時のバウンサーとしての印象が強いせいか、どうも、騎士という響きに付随しがちな、きっちりかっちりした折り目正しさを感じられなくて、どうしてこの人騎士なんてやっているんだろう、と疑問に思っていたんだけど、なんとなく、それが解けた。
「ミーネさんの夢を、かなえてあげたんだね」
「まだ達成率は半分だけどな」
 クロウは自嘲気味に肩をすくめるけど、あたしにもわかった。クロウがどれだけあの女性ひとの事を大切に想っているか。多分、その逆も。
「でも、大変だったんじゃない、王様直属の部下なんて? 世界中飛び回ってたみたいだし」
「んー、まあ、色々あったけどな。だけどそれよりも、ヴァリアラ騎士で良かった事とか、陛下のもとで楽しかった事の方が多くて」
 過去を思い返したのか、幸福そうに笑みを浮かべ、クロウが再度歩き出す。
「しんどかった出来事なんて、とうに忘れちまったさ」
 それがどこまで本当か。わからないまま、あたしは、置いていかれないように少し早足で彼の背中を追った。