第7章:旧世代の堕ちた聖域(5)
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 歓迎されてる雰囲気じゃない。
 集落に足を踏み入れた途端、嫌ってほどわかった。
 誰もが明らかにあたしたちを「よそ者」という目で見て、すぐさま家に引っ込んで、ものめずらしそうにこっちを見て突っ立っている子供も引き入れて、鍵をかけてしまう。
 これは、腰落ち着けて話、なんてできそうにない、と落ち込みかけたら。
「おんしら、大陸の外から来なすったか」
 声をかけられて、振り向く。老いて背中が曲がったせいであたしに負けず劣らず小さい、真っ白な髪とヒゲのおじいさんだった。
「茶ぐらいは出してやるゆえ、うちに来なされ」
 この寒空の下で話し合うのは、間違いなく風邪をひくから嫌だけど、食堂や宿のたぐいは無さそうだし、かと言って他の家には入れてもらえそうもない。あたしたちは、おじいさんの言葉に素直に従う事にした。

 ここの村長むらおさだと自己紹介したおじいさんは、長の家にしてはこじんまりした平屋の建物に住んでいた。あたしたちを招き入れて、奥さんにお茶を出すように頼む。七人もお邪魔するとダイニングはぎゅうぎゅうだった。テーブルに四つしか備えつけられてなかった椅子には、村長自身とあたしたち女性陣が座って、男たちは、テーブルの脇とか壁際とかめいめいの場所に立つ。
 台所からお湯の沸く音が聞こえてくる。ちょっと首をのばしてのぞいてみたら、カバラ社の火力台を使わない、薪を使った昔ながらの火のおこし方だったので、びっくりしていると、
「エーデルハイトは今、他の大陸とはほとんど交流を持っておらん。そちら側でどれだけの技術革新があっても、ここまでは入ってこんよ」
 あたしの様子に気づいた村長がぼそりと洩らした後、改めてあたしたちの顔を見渡して、告げた。
「村の連中の反応を悪く思わんでくれ。儂らは長年、外界との接触を絶ってきたのじゃ。若い者ほど外の人間と接する方法を知らぬ」
「突然押しかけた我々の方に非があると承知しております。申し訳ございません」
 レジェントが、王族らしくかしこまった口調で頭を下げる。それから、クルーテッダスにあるはずのデュアルストーンをシェイドが狙っているだろう事を告げると、村長の表情が、見る見るうちに硬くなっていった。
「そうか、やはり現れたか。石を求める者が……」
 まるでそれを想定していたかのように、村長はひとりごちる。
「デュアルストーンにどのような使い道があるのか、ご存知ではありませんか」
 リサが訊ねるけれど、村長はゆっくりと首を横に振るばかり。
「石が王家に伝わり、守らねばならぬ。王族が知っているそれ以上の事を、我らも知らぬ」
 それで場に沈黙が落ちた。話が頓挫するタイミングを見計らっていたかのように、村長の奥さんがお茶を淹れてくれた。
 お茶は、ティーカップとは少々造形が異なる、取っ手の無い、湯のみとかいう食器に入って出て来た。寒さ対策のためだろう、薬草が使われている匂いがする。口にして、ふと気づく。この、苦味の中に潜む甘味は昔味わった記憶がある。それは。
「うちの村と同じじゃない?」
 壁に寄りかかってお茶を飲んでいた兄さんを振り返る。兄さんは湯のみから口を離し、さも当然とばかりに答えた。
「同じエーデルハイトなら、同じような煎じ方もするだろう」
 兄さんの言う事が即座に理解できなくて、しばらく頭の中でよく咀嚼する。出た結論に、あたしは思わず裏返った声をあげていた。
「えっ、あたしたちってこの大陸出身!?」
「……お前、本気で気づいていなかったのか?」
 兄さんが、心底から呆れたという表情をして、それはそれは深いため息をついた。
「この世界で、ダイアムでもオルトバルスでもない大陸といったら、あとはエーデルハイトしか残らんだろうが」
 だって、あたしたちはずっと森の奥で暮らしていたから、自分の村が世界のどこにあるかなんて知りもしなかったし、船旅をしていた頃は、自分がどこにいるかを認識する心の余裕なんてものも無かった訳で。
 あたしはしばらく、水から出されてしまった魚みたいに口をぱくぱくさせていたんだけれど、皆からの注目を浴びて口を閉じた。その時だった。
「村長!」
 ばん! と勢いよく家の扉が開いて、青年が一人飛び込んできた。彼は、所狭しと居座ってるあたしたちの姿を見て一瞬怯んだんだけど、気を取り直して村長に向き直る。
「オーガだ、また来た!」
「そうか」
 村長ははふう、とため息をついて、しかし取り乱した様子も見せず、椅子から腰を浮かせる事も無く青年に告げる。
「いつも通り、皆、家から出ないように告げよ」
「わ、わかった」
 青年はうなずき村長の家を後にした。家の外で、ばたばたと駆け去ってゆく足音がいくつも聞こえる。そこで初めてあたしは、村人たちが、興味半分で村長とあたしたちの話を聞きに集まっていた事に気づいた。勘の鋭い兄さんやクロウは、既に感づいていたのかもしれない。もしかしたらあたしだけ気づかなかったのかも、とも思ったんだけど、今は、それどころじゃない。
「オーガって、魔物じゃない。家から出ないようにって、誰か戦えるの?」
 訊ねると、村長はゆるゆると首を横に振った。
「この村に魔物と充分に渡り合える者はおらん。家にこもり、奴らが過ぎ去るのを待つだけじゃ」
「そんな悠長な事言って、どこかの家が襲われて、誰かが死んだらどうするの!?」
「それはその者が運が無かったとしか思うしか無い」
 それを聞いて、イラっとした。そんな、魔物に立ち向かう力が無くて死ぬのを、落とし穴にはまりましたとか、カーにはねられましたみたいな、不可避の突発的な不幸みたいに言って片付けようとするなんて。どうかしてる。
 あたしは椅子を蹴って立ち上がると、家の外へ飛び出した。後ろから皆がついて来る気配を感じながら、前方に目をやる。
 たてがみのような毛に覆われた、人間より一回り大きい鬼、オーガ。奴らは村の通りを我が物顔でのしのし進み、手当たり次第に目につく物を破壊している。
 あたしは剣を鞘から抜いた。相手の数は五。こちらは七人。負ける気はしない。
『光の精霊よ、聖なる弓矢となりて邪悪を討て』
 リサが詠唱し、光魔法を放つ。光の矢を撃ち込まれて怯むオーガに、あたしたちが斬りかかる。瞬く間にオーガの群れは沈黙した。
 家々に閉じこもっていた村人たちが、恐る恐る出て来る。恩を売るわけじゃないけれど、村を守ったんだから、これで多少相手の態度も軟化するだろうと、あたしは気楽に考えていた。だけど。
「余計な事をしてくれたな」
 先頭に立つ男がぶつけてきたのは、期待していたのとは真逆の台詞。あたしが驚いて瞠目すると、男は続ける。
「魔物は気が済むまで暴れさせとけば、勝手に帰って行く。下手に手出しして倒してしまえば、奴らは次はさらに数を増やしてやって来る。手を出さないのが一番なんだよ」
「お前らが責任をとって、ずっとこの村を守ってくれるのか? 違うだろ」
「この村はそれで穏便にやってきたんだ。かきまわさないでくれ!」
 他の連中も、便乗して口々に言いたい放題。
「戦う事を放棄するならば、この村自体を棄てて他の大陸にでも出て行け」
 さすがに苛ついたのか、兄さんが目を細めて村人たちを見すえると、気迫に押されて誰もがぐっと言葉につまった。ただでさえ無愛想な兄さんに睨まれたら、一般人は萎縮してしまうだろう。
「と、とにかく、もう余計な事をするな! 早く出て行けよ!」
 先頭の男が後ずさりながら言い捨てて、きびすを返すと同時、誰もがそそくさと自分の家へ引っ込んでしまった。後にはあたしたちが残されるばかり。
「……行こう。ここにいても、俺たちにできる事はもう無いよ」
 レジェントがひとつ嘆息して、皆を促す。村の出口へ向かおうとすると、村長が一人で歩み寄って来るのが視界の端に映ったので、あたしは足を止めた。
「悪く思わんでくれ。だがこれが、我らが村を守るためのすべなのじゃ」
 村長は言い、あたしの手のひらに小さな金属製の何かを落とした。まじまじと見てみると、それは随分と古そうな、鍵。
「クルーテッダス城の石を求めるならば、この鍵で封印の間の扉を開く事ができる」
 何故この人がそんなものを持っているのか。驚いて見つめると、村長は語る。
「我らの先祖は、勇者を支えて戦った者の一人と言われている。クルーテッダス王家に仕え、王国亡き後も、石の封印を守る為にこの地に残り続けた」
 そして、ぽつりと。
「じゃが、その使命をこうして手放した今、おんしらの言うように、新天地を目指しても良いのかもしれんのう」
「ならば、気が向かれたら、ヴァリアラへいらしてください」
 レジェントが村長に告げる。
首都クライスフレインには無理でも、この村の皆さんが住めるだけの土地は用意できますので」
 村長が初めて、口元を緩めてくれたような気がした。
 それは、使命を終えた安堵感に満ちた笑いにも、レジェントの言葉を半分以上信じていない嘲笑にも、多分結局この土地を離れられないのだろう自身を揶揄するような笑みにも。どれにも見てとれた。