第7章:旧世代の堕ちた聖域(6)
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 まるで天空から墜ちてきたみたいだ。
 それがクルーテッダス城の第一印象だった。
 魔物を退けながら林を進み、急に視界が開けた時、目に飛び込んできた石造りの王城の姿は、全体が斜めに傾いでいた。
「信じられない事だが」
 不思議な事に、周りは一面雪景色なのに薄くも積雪していない王城。それを見上げていると、レジェントがぽつりと洩らした。
「クルーテッダスは百五十年前に滅びるまで、空に浮いていたらしい。滅びた際に何らかの動力を失ったんだろう」
 あたしたちが注視すると、レジェントは肩をすくめて。
「と、子供の頃、歴史の教師が、曽祖父の兄の友人が出所の話だとして言っていた」
 又聞きの又聞きレベルの話か。言ったレジェント本人も話半分だと思っているんだろう。
 だけど、地面に残る、重い物を勢いよく引きずったような幅広く距離の長い跡や、なぎ倒されて建物の下敷きになっているものもある周辺の針葉樹が見える事、そして、周囲にあるはずの城下町を見出せない事が、それがあながち嘘でもないんじゃないかという気持ちにさせる。
 とにかく、城の中へ行かなくちゃ。あたしたちは使えそうな入口を探して、全員の身長より少し高い位置にそれを見つけた。セレンが滞空魔法を使って飛び上がり、足場と、ロープを引っかけられそうな場所を確保する。あたしたちは下ろされたロープを伝い登り、城内へ身を躍らせた。
 クルーテッダス城は、外の見た目通り中も斜めになっていた。傾いた廊下に対して垂直に歩こうとすると、平衡感覚が狂って気持ち悪い。仕方ないから、引力に逆らわないように足がかりを探して、慎重に進んでいく。
 灯りをつけなくても、廊下の両脇に備えつけてあるランプが、近づくと次々と自然に点き、通り過ぎれば消えてゆく。恐らく生命を感知して反応する仕組みなんだろう。カバラ社も持っていない技術だ。
 城内には魔物の気配が一切無かった。誰も、何も、棲んでいないようだ。なのに、外の寒気は全く入り込んで来ない。それらの事といい、まだ解明されていない技術といい、雪が積もっていない外観といい。クルーテッダス城は、世界から隔離されて存在しているみたいだ。空に浮かんでいたという話もあながち嘘じゃなかったのかもしれない、と思えてくる。
 静謐なる聖域。
 詩人じゃないけど、なんとなく、そんな言葉が似合うような気がした。
 とにかく、敵の存在を心配しなくていいので、じっくりと城内を探し回る事ができた。鍵のかかっている部屋を見つければ、あの村長にもらった鍵が合うかどうか片っ端から試してみる。だけどあいにく、十数か所を巡っても、鍵が開く部屋は見つけられていない。もしかしたら、百五十年の間に鍵が壊れているかもしれないと、他の開いている部屋の中も確認しているけれど、それっぽい部屋はまだ見当たらない。
「ですが、ある程度の予想もついているのです」
 リサが言う。
「今までのデュアルストーンの安置場所を思い出してください。サンザスリナの地属性の石は地下、ランバートンの水は水に守られた塔、ヴァリアラの風は風を受ける楼閣の最上階に」
「それぞれの属性に対応した場所にある、と?」
 エイリーンの言葉に、リサはうなずく。
「となると、クルーテッダスのデュアルストーンは、光属性……光に照らされた場所にある、という事か」
「だが、この傾いた状態の城で、デュアルストーンのある部屋が元通り光を受けているとは限らない」
 レジェントが推論を述べると、兄さんが口を挟んだ。リサが、表情こそ変えなかったけれど、軽く落ち込んだのがわかる。兄さんてば、いくら普段から物言いがきついからって、人を気落ちさせるのの天才じゃないの。
 だけど、兄さんの言う事ももっともで、城の在り方が最初から今のように斜めになってでもいない限りは、デュアルストーンの置き場所が光の届かない場所に変わっていても不思議じゃない。しらみつぶしに調べていくしかなさそうだ。
 けれど、あたしたちの労力は意外な形で省かれるはめになった。いかにも何かありそうな行き止まりに突き当たったのだ。
「この辺の壁を押したら、隠し扉でも出てくるんじゃないのか」
 クロウがそうぼやきながら、壁に向かって足を進めた時だった。地響きみたいな音と共に、石造りの壁がうねりだし、まるでそこから生み落とされるように、人型の石の魔物が生成された。
 聞いた事がある。カバラ社の魔物辞典にも載っている。マークくんみたいな魔力人形は、この古代技術を簡略化して作られたものだと。
 ひとの手による、自律して動く擬似生命体、ゴーレムの技術を。
 クロウは咄嗟に距離を取って双剣を抜いていた。最前までクロウがいた場所に、ゴーレムの、人の頭ひとつぶんより大きな拳が振り下ろされ、どかんと穴が穿たれる。その場にぼーっと突っ立っていたら、つぶれたトマト状態となっていたに違いない。
 人間の倍くらいの背丈を持つゴーレムは、ずんずんと重たげな音を立てつつ近づいて来た。あたしたちはそれぞれ武器を構え、斜めの床を蹴って飛びかかるけど、きん、と軽い音と共に刃がはね返される。身体が石そのもので造られているから、硬いんだ。
『水の精霊よ、猛き吹雪となって敵を包め』
 リサが詠唱して氷の嵐をお見舞いする。表面が白く氷結したゴーレムは一瞬動きを止めたけれど、だけど本当に表面だけで、ごう、と吼えると、はりついていた氷の粒がぽろぽろと床に落ちた。
 こちらは足場を探して四苦八苦しているのに、ゴーレムは、見た目通り重くて逆に安定がとれるんだろう。やや鈍重な動きながらも、足を置く位置を器用に選んでこちらに向かってくる。振り上げられた拳をかわすと、どすん。壁が大きくへこんだ。
 硬くて馬鹿力。そんな相手にどうやって対抗しようか逡巡していると、セレンが魔道剣を手に、飛んだ。ゴーレムの肩にとりつき、左肩と腕の継ぎ目に魔道剣を突き立てる。そして気合と共に一気に振り抜くと、ごとりと左腕が床に落ちた。
「関節を狙うんだ。継ぎ目は弱い!」
 あいつが振り返って叫ぶのを受けて、あたしは兄さんと一緒に右腕に斬りかかる。肘から先が飛んだ。エイリーンが右足を、クロウが左足を吹っ飛ばす。
 四肢を失って倒れ込むゴーレムの背中にレジェントが飛び乗り、人間で言うと盆の窪あたりを狙って槍を振り下ろす。胴体から外れた首がごろり転がり、ゴーレムは見る見るうちに無数の石くれと化して、その場に崩れ落ちた。
 あたしたちは、武器をおさめてほっと息をつく。そうして、行き止まりだった壁に目をやると、壁に擬態したゴーレムに隠されていたのか、いかにもいわくありげな扉が現れていた。
「古代の人形を潜ませてまで隠していた扉、これは明らかに」
「当たりだろう」
 レジェントと兄さんがうなずきあう。あたしは扉に――これ以上ゴーレムとか、それ以外のものも出てこないだろうなと警戒しながら――近づき、鍵を合わせてみる。がちゃり、と、鍵は見事にはまった。
 扉を開ける。中はそんなに広くない、小部屋とも呼べる大きさだった。神殿みたいにして荘厳に奉っているとまでは考えなかったけれど、今までに見た経験から、デュアルストーンを収めている場所だけに、それなりの広さはあるんじゃないかと思っていたので、ちょっと拍子抜け。
 だけど予想通り、デュアルストーンはあった。台座の上に、透明に近い白の石が確認できる。その上方に天窓があった。恐らく、この城がきちんとまっすぐ存在していた頃には、デュアルストーンに光が注ぐように作られていたんだろうけど、今、天窓から差し込む明かりは、部屋のあらぬ方向を照らし出している。
 デュアルストーンの封印は王族しか解けない。リサかレジェントに頼もうと振り返ったけれど、二人はずいぶんと神妙な表情をしていて。
「カランさん」
 リサが口を開いた。
「カランさんが封印を解いてくださいますか」
「あたし?」
 あたしは首を傾げてしまった。たしかにサンザスリナでは、あたしが触ったら結界が消えたけど、あれは封印が弱まっていたか、うっかりあたしを王族と間違えて認識しちゃったか、とにかく事故なんじゃなかったの。
 あたしには無理だよ。笑ってごまかそうとしたんだけど、六対の目が、真剣に注視してくるものだから、冗談で流せない雰囲気だった。
 狭い部屋と言っても、斜めになっている現在、台座までの床はへばりついて這っても進める角度じゃない。セレンの滞空魔法に助けてもらって、そばまで行く。
 左腕をあいつの肩に回してしがみつき、右手を差し伸べる。
 結界があるのだろう、ちり、と指先に感覚が触れたが、構わずに手を伸ばす。
 サンザスリナの時と同じく。ぱりん、砕け散る音と共に結界が消滅し、支えを失ったデュアルストーンが、きらきら輝きを放ちながら、重力に引かれて台座から転がり落ちた。