第8章:絶望の始まり(2)
BACKTOPNEXT

 結論から言おう。
 あたしたちはガゼルでフェルバーンさんに会えなかった。
 カバラ本社を訪ねると、社内はなんだか妙に騒然としていて、社員が所在無げにそわそわと走り回っている。受付で、社長に会いたいと告げても、
「社長は只今不在です」
 前と違って、笑顔も無く、そっけも無い返事をされた。予約アポとやらを取っていないとにべもなく追い返される事があるらしいので、職権濫用だけど、レジェントとリサが身分を明かして再度頼んだのだが、信じてもらえなかったのか、
「とにかく、社長はおりません。お引き取りください」
 の一点張りだった。
 セレンの行方の手がかりもつかめないし、どうしようか。困り果てながら、本社の自動扉をくぐって公園広場に出た時、あたしたちの目の前に黒塗りのカーが止まった。
「これは! えー……」
 車から降りて来たのは、驚いた様子で黒ぶち眼鏡を押し上げる、やや童顔な男の子。見覚えがある。フェルバーンさんのそばにいつもいた。
「カランです、アスター君」
 あたしの顔は覚えているんだろうけれど、名前まではわからなかったらしい。ぽりぽり頭をかいている。そういえば彼には名乗ってなかったと思い出し、名前を告げると。
「そうそう、そうです、カランさん! お久しぶりです」
 アスター君は取り繕うように笑いを浮かべ、「でもやっぱり『君』ですか私。一応二十四歳なんですけど私」と軽く落ち込みかけるので、あたしは咄嗟に話題を振り替えた。
「あの、何だか社内が落ち着かないみたいですけど、何かあったんですか。フェルバーンさんにも会えないし」
 その途端、アスター君は笑みを消し、真面目な顔つきになった。周囲を見渡し、あたしたちの耳を近づけさせると、小声でささやく。
「実は、社長はじめ、社員が十数人、行方をくらませたのです」
 あたしたちは誰一人、声こそあげなかったけれど、誰もが目をみはってアスター君に注視した。やっぱり何か関係あるんじゃないかと思い、シェリーの事をかいつまんでアスター君に説明した。ただのバウンサーによる、あたしたちが目にした、という以外の証拠も無い話。すぐには信じてもらえないかと覚悟したけれど、彼は深刻な表情でしばし黙考して、
「ここでお話しする事ではありませんね。場所を変えましょう」
 あたしたちを、社内に案内してくれた。
 エレベータという、やはり魔力で上下に移動する箱に乗って、本社の上階へ移動する。
「本来は社長秘書の私でもそう簡単に入る事が許可されないのですが、主が不在の今は、もう構わないでしょう」
 と、二十五階の社長室に通された。クライスフレインの客室に負けず劣らず豪華な調度品がしつらえられている。一面硝子張りの窓際からはガゼルの街が一望できるけれど、今はそんな、上から見下ろす優越感を楽しんでいる場合じゃない。
「お好きな所にかけてください」とアスター君が言うので、あたしたち六人はめいめいの場所に席をとる。そうして改めて、シェリーの変貌、セレンの失踪、そもそもデュアルストーンを守る為に旅をしてきた事を、極力手短に、だけど初めて聞くアスター君にもわかってもらえるように努力して語った。
 アスター君はあごに手をあて、黙りこくってあたしの話を聞いていたけれど、腐っても社長秘書。頭の回転は恐ろしく良かった。
「……シェリスタ・ハイランドも、姿を消した社員のうちに含まれていました」
 そう告げて、社長の執務机に置いてある、ザスでもシェリーが常に向かい合っていたのと同じ機材に向けて、キーボードから何かを打ち込む。
「社長が行方不明になられた後この端末を調べていたところ、このようなものが出てきたのです」
 手招きするのにつられて、あたしたちはモニターをのぞき込む。そこには、世界地図が表示されていた。世界のあちこちで点滅する赤い光が、全部で四ヶ所。よくよく考えると、それは。
「デュアルストーンのありかに一致するな」
 レジェントが洩らすと、アスター君も深くうなずく。
「そうしますと」
 彼はひときわ強く白い光を放つ場所を指し示した。そこは、世界の中心。一見すると何も無い、海のど真ん中。
「ここに、デュアルストーンを利用して何かを行うものが、あるのではないでしょうか」
「でも」恐らく皆の胸に浮かんだ疑問を、エイリーンが代表して口にする。「どうして社長が、そんな事を調べていたのでしょう」
「わかりません」
 アスター君は首を横に振る。
「ですが、カランさんの話と突き合わせると、今わかった気がします。社長たちはこの場所に向かったのだと思われます。恐らくはデュアルストーンをもって、その、アポカリプスの封印を解こうしているかもしれない、何者かの元へ」
 一拍置いて、彼は続けた。
「もしかしたら、姿を消したセレン君も、ここへ行ったのではないでしょうか」
「どうしてそう思うの?」
「僭越ながら、私も一応カバラ社員です。古代文明とそれを築いた一族については、多少知識をかじっております」
 問いかけると、アスター君は照れくさそうに苦笑する。
「アストラルは、生まれる前から遺伝子レベルで一族に関わる大量の情報を刻まれているそうです。セレン君は過去の記憶が無いとの事ですが、彼が本当にアストラルならば、何らかの形で、デュアルストーンの存在を感知できるかも知れませんね」
 遺伝子、というのがよくわからなかったけど、とにかくアストラルは、記憶に依らなくても、無意識でもわかる事があるって事かな。古代語を解読したり、たまにアストラルの話をぽつりと洩らしていたのも、そのせいか。
 とにかく、それならば尚更、一刻も早くセレンを追いかけなくちゃいけない。力がほとんど使えないのに敵の腹の中に飛び込んで行くなんて、自殺行為だ。
 それにフェルバーンさんも心配だ。もし、まだ正体が全く見えない敵の手先として使われているのだとしたら、助け出したい。アポカリプスの復活なんて絶対にさせない。
「わかりました」
 本当はアスター君の話、全部が全部わかった訳じゃないけれど、あたしにできる限りの彼を勇気づけられる声色で、告げる。
「この場所に行きます。フェルバーンさんの事は任せてください」
 アスター君が、眼鏡の奥の意外とつぶらな目をはっとみはって、あたしを見返す。そうして、あたしたち六人を見回すので、皆がしっかりとうなずき返してみせた。
「ありがとうございます」
 深々と、アスター君は頭を下げる。
「本当なら私も手助けを、と申したいところなのですが、私はあいにく昔から事務畑でして、体力仕事で皆さんのお役に立つ事ができません。ですので」
 そう言って彼は、名刺、という、社名と、自身の氏名と、数字の羅列が書かれた、てのひら大のしっかりした紙製のカードを渡してくれた。フルネームは、アスター・トスティだという事を今ここで知る。
「何かありましたら、カバラ支社を訪ねて、端末からこの番号を入力してもらってください。本社の私の端末と回線がつながるようになっておりますので、すぐお答えいたします」
 端末と回線が……シェリーに聞いたら、喜々として長い解説をしてくれたんだろうな、と思わず考え、そのシェリーはもういない事も思い出す。
 そして、決意を新たにする。シェリーみたいな人をもう生み出さないためにも、あたしたちは行かなくちゃいけない。
 世界の中心へ。