第10章:光炎の翼を(1)
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 世界中の誰もが見放しても、あたしは彼を裏切らないと。

 デミテルのクライスフレイン襲撃から、四日が過ぎようとしていた。
 市街地も魔物やシェイドに襲われた爪あとが残っているというのに、アリミアの葬儀にはかなりの数の民が弔問に訪れて、短い命を終えた姫の冥福を祈った。
 レジェントは最愛の妹を失ったショックでものすごく落ち込んでいるだろうから、しばらくそっとしておいてあげようって、皆で話し合ったんだけど、そのレジェント本人が、「心配をかけた。もう大丈夫だ」って言いながら、相談している場に現れたので、あたしたちは飛び上がりそうなくらいびっくりしてしまった。
 泣いていたんだろう、目は腫れぼったく、顔も気のせいなんかじゃなく少しやつれて、正直全然大丈夫に見えない。けど、本人が大丈夫って言い張るのを無理矢理部屋に押し戻したら、余計にふさぎ込みそうだし、第一彼はヴァリアラの最高責任者、国王だ。そんな人がいつまでもいつまでも気落ちしてたら、民は不安で不安でしょうがない。多少無理をしてでも、平静を保った姿を皆の前に見せる必要があったんだ。
 そのレジェントが、一度セレンからきちんと話を聞きたいと提案したので、あたしたちは以前みたく、レジェントの執務室に集まった。
 焼けてしまった街の人々に配給するため、楼閣からも結構な食料を運び出してしまったので、今回はお菓子を作る余裕が無かったんだけど、お茶だけは用意できた。レモンと炭酸水とガムシロップも無事だったので、あたしは久々に、あいつ用のレモンスカッシュを作ってやった。
 それを一口二口飲んで、唇を湿らせたあいつは、
「どこから話せばいい?」
 コップをテーブルに置き、話を切り出した。
「アストラルが古代文明を築いた一族だという話は、本で読んだ。皆も承知だ」レジェントが真面目な表情で告げる。「アポカリプスを生み出したのだという事も」
「あの本に書いてあった事は大体合ってる」
「大体という事は、誤りもあるのか」
 兄さんが訊くと、あいつは首を横に振って。
「間違ってるというより、書いてない事がある、って言った方がいいかもな」
「たとえば?」
 エイリーンが首を傾げる。セレンはそちらを向き、答えた。
「アストラルはアストラル同士でしか倒せないんだ。どういう原理かはオレにもわからないけど、人間の力では、傷つける事はできてもとどめを刺せない。アストラルが力を与えた生物も、同じようになる」
 だから、あたしたちが攻撃しても死ななかったシェリーやデミテルを、セレンだけが倒す事ができたのか。そして、ラシェルさんやグヴィナスも、アストラルのセレンしか倒せないという事になる。
「アポカリプスは更に厄介だ。アストラルが造り出した、意志を持つ擬似生命。本来は人間を殲滅するために造り出されたらしいけど、失敗して、世界そのものを滅ぼそうという意図を持つようになった」
 生命の創造。神の所業だ。神に近づこうとした報いをアストラルは受けたんだろうか。
「ただ、奴は実体を持たないから、精霊や霊魂を宿す事ができるアストラルの特徴を利用して、アストラルを乗り継ぎ、危なくなると次の身体へと逃げる」
 赤い目を細めてあいつは洩らす。
「だから、千年前の勇者でもとどめを刺しきれず、封印という形を取るしかできなかったんだ」
「それが今回復活し、フェルバーンに憑いた、と」
 レジェントの言葉に、セレンは深くうなずく。
「あいつは元々、純血の闇のアストラルで、闇のデュアルストーンを守る役目を負わされていた。それを重く感じたんだろうな。いっそ自分がアポカリプスの封印を解き、世界を滅ぼせばいいと考えるようになったらしい」
 その時のフェルバーンの台詞を、あたしはセレンの見た夢を共有して知っている。だけど皆にとっては初耳だから、口は挟まない。
「六年前、カバラ社の前社長が突然亡くなって、あの方が社長に就任しました。それももう彼の計画の内だったのでしょうか」
「だろうな。自分の持っている知識を利用して社会に溶け込んじまえば、疑いもかかりにくいと思ったんだろ」
 リサの推測をあいつは肯定する。
「だが、何故奴は今まで動かなかった」
「オレが見つからなかったからだよ」
 兄さんが、当たり前といえば当たり前の疑問を口にすると、あいつはきっぱりと答えた。
「こっち側の世界のデュアルストーンの位置は把握したけど、オレから火のデュアルストーンを奪って、石を揃えられるめどが立たなきゃ、行動に移せなかったんだろ」
 そういえば、何でフェルバーンは六年前にはこっち側にいたのに、セレンはその五年後にこの世界に現れたのか。あたしの顔に疑問符がありありと浮かぶのを、あいつは読み取ったらしい。
「こっち側に来る時のタイムラグまでは、あいつの想像の範疇に無かったんだろうな」
 ほんの少しだけ、してやったり、という微笑を浮かべて、だけどすぐにそれを消し、あいつは話を続けた。
「影ってのは、アポカリプスが、封印されてなお、自分の悪意を世界に散らばせた姿なんだ」
 今までの戦いでなんとなく想像はついていたんだろう。誰も驚きの声をあげなかった。
「アポカリプスを復活させるために動き、その障害になるものは排除する。そういうふうにできてる。だから、アポカリプスの封印を解くと決めたフェルバーンに従うようになったに違いない」
 障害になるものは排除。その障害の中に、勇者の血をひく者も入っていたんだ。あたしは唇をかみしめる。
 セレンがレジェントの方を向き、今度は質問する。
「世界の地形が変わったって、報告が来てるんだろ?」
「ああ、そうだが」レジェントはうなずいて、問いかけを返す。「心当たりがあるのかい?」
「多分、世界が融合してる」
 今度は、セレン以外の誰もが息を呑んだ。
「アストラルが世界をふたつに分けたのは、人間たちから逃げるためもあったけど、本来の目的は、アポカリプスをふたつの世界の狭間に閉じ込めるためだったんだ」
 閉じ込める、と、ふたつの世界を示す握り拳を打ち合わせ、セレンは先を続ける。
「だけどアポカリプスが復活した今、世界が分かれて存在しても意味が無くなった。だから、ふたつの世界が融合したんだ。多分、アイト……アストラルの里も各地に現れてる」
 きっとエリュシオンも元は向こう側にあった場所なんだろう。だからあいつはその名を口に出した時、「来てるのか?」なんて言ったんだ。
 それにしても。あたしは感じる。
 こんなふうに、あたしたちの知らない事をたくさん知ってて、平然と語るセレンは、なんだか遠い存在に思える。いくら半分は人間の血を引いてるって言っても、やっぱり本質はアストラルなのかな。
「お前は」
 似たような事を考えたんだろうか。兄さんが、腕組みしたままあいつに問いかける。
「考えなかったのか。フェルバーンのように。デュアルストーンを守って影に追われる身なら、翻って、世界を滅ぼしてしまえばいい、と」
「考えなかった」
 あいつは迷いもよどみも無く即答した。
「自分の運命を呪って世界を恨むくらいなら、ずっと昔にそうしてた。でもそんな事、オレを生んだ親は望んでないだろうし」
 そして、軽く笑む。
「オレはアストラルでも人間でもあって、どっちでもなくて。それでも、親父が生まれたこっち側も、お袋が生きた向こう側も。どっちの世界も守りたいと思ったから」
 それを聞いて、皆がほっとした表情をした。兄さんも、その答えに満足したように、口の端を軽く持ち上げてみせる。
 さっきまでは遠くに見えたあいつだけど、やっぱりセレンはセレンだって、あたしの知っているあいつなんだって、思い直せた。それであたしも、知らず知らずのうちにこわばっていた頬を緩める事ができた。
「必ず倒そう、アポカリプスを」
 あたしは皆の顔を見渡して、自分にできる精一杯の力強さで宣言する。兄さんが、レジェントが、リサが、エイリーンが、そしてセレンが、うなずき返してくれた。
「ですが実際、どうすればいいのでしょう」
 リサが、誰もが感じていた不安を口にする。
「アポカリプスは、アストラルも勇者でも倒しきれなかったのですよね。私たちの力でどうやって、致命傷を与えれば……」
「それなんだけど」
 セレンが再び口を開く。
「オレ、故郷のシエナ・アイトにいったん帰ろうかと思ってる」
 再度、皆の視線があいつに集中する。
「オレのじいさん……長なら、知ってるかもしれない。アポカリプスに対抗するなんらかの術も」
 それからあいつは、確実にあたしと兄さんを見て、言った。
「千年前、勇者が使っていたっていう、アポカリプスを倒せる神剣のありかも」
 それは明らかに、勇者の血族であるあたしたちに期待をかけての台詞だ。
 逃げてばかりじゃ解決にならない。かつてパティルマ・ドローレスが言っていた、運命に向き合う時が近づいているのを、あたしはひしひしと感じた。