第10章:光炎の翼を(3)
BACKTOPNEXT

 歓迎されないとは思ったけど、ここまでなんて。
 それが、火のアストラルたちを目にしたあたしの、最初の感想だった。
 アストラルは人間にいい感情を持っていない。むしろ見下してる。大人数で行けば刺激してしまうだろうという事で、シエナ・アイトを訪れるのは、セレンとあたしと、人間の王族の代表としてレジェント、の三人になった。
 セレンの転移魔法で一瞬。かつて彼が言った通り、火山に囲まれた険しい山脈の中に、火のアストラルの里シエナ・アイトは存在した。
 シエナに入った途端に注がれる好奇の目と、悪意を含んだささやき合い。
「セレンだ」
「何故帰ってきた」
「世界が融合したという事は」
「あいつがアポカリプスの封印を守るのを失敗したんだよ。そのくせに」
「しかも人間を連れている」
「ハヴィッツ様が何とされるか」
「身の程をわきまえない奴らだ」
 遠巻きにあたしたちをじろじろ見ながら、無遠慮に文句を交わすアストラルたち。兄さんがいたら一瞥くれて一瞬で黙らせただろうに、と兄さんの不在を悔しく思う。だけど、人類代表で来ている責任の大きいレジェントが落ち着いているのはともかく、セレンはまるで彼らの言葉が聞こえていないかのように涼しい顔して、里の中を迷わず進んだ。
 やがて、一軒の家の前で、杖を片手にあたしたちを待ち受けているひとがいた。赤い髪に赤い瞳の、眼光鋭い老人。セレンの夢の中で見たから、わかる。このひとがハヴィッツ・ストラ・リグアンサ。セレンのおじいさんで、火のアストラルの長だ。
「よく帰って来られたな」
 開口一番、ハヴィッツはにこりともしないでそう言った。それは「よく帰ってきた、おかえり」って意味じゃなくて、「よくもおめおめ帰ってきたものだ」。
「命令を果たせず、申し訳ありませんでした」
 相手は実の祖父なのに、セレンはまるで他人行儀に頭を下げる。ハヴィッツはそれを無視し、あたしとレジェントを順番に見て、ことさら苦々しい表情になった。
「その上、シエナ・アイトに人間を連れこむとは。所詮は人の身でここに居座った男の息子か」
「父は関係ありません」
 嫌味に、セレンはあくまで表面上の感情を動かさずに答える。
「この二人は、勇者の子孫と人間の王です。アポカリプスが復活した今、人とアストラルは共に脅威に立ち向かうべきだと思い、来てもらいました」
「人間と手を組めと?」
 たちまちハヴィッツが渋面を作る。周囲でこっちの様子をうかがっているアストラルたちからも、ざわめきが起きた。
「我らより劣る人間どもと、何故協力せねばならぬ。やはりお前は、ゴミ虫のように地上にはびこるきゃつらの味方か」
 なんて偏屈で意地悪なじいさん! 文句をぶつけて黙らせてやろうと思ったけど、あたしが口を開くより早く、その口をレジェントに塞がれた。
「カラン、感情に任せるのはよしてくれ。話が余計にこじれる」
「オレ自身が何と思われようが構いません」
 セレンがそんなあたしたちに視線を向けた後、ハヴィッツに向き直って、しっかりと言い切る。
「だけど、彼らはオレの仲間です。おとしめるような発言はやめてください」
 自分と同じ鋭い赤の瞳ににらまれて、ほんの少しだけど、ハヴィッツは怯んだようだ。たたみかけるようにセレンは続ける。
「長がどうしても嫌だとおっしゃるならば、アストラルの協力をもらえなくても構いません。ただせめて、知識とお許しをもらいたい」
「何を望む」
 ふたりの視線がぶつかり合う。誰もがかたずをのんで見守る中、先に口を開いたのはセレンだった。
「人間でもアポカリプスを倒せる術と、勇者が使っていた神剣の眠る場所の情報と」
 瞬間、間を置いた後、彼は言葉を継いだ。
「光炎の翼、カルバリーを解放する許可を」
 周りのどよめきが一層大きくなり、ハヴィッツのしかめっ面が余計に皺深く刻まれた。あたしとレジェントは、カルバリーというのが何なのかわからなくて、きょとんと顔を見合わせる。
「己の分をわきまえてものを言っておるか」
 アストラルの長は、怒りすら抱えた声色でセレンに言う。
光炎の翼カルバリーは、光属性も帯びた火のアストラル最強の精霊。火の鳥フェニックスを失っておいて、お前がそれを望むか」
「今は、それだけの事態だと思っています」
 セレンも引かない。これはもう祖父と孫の喧嘩レベルを軽く超えて、猛獣のにらみ合いだ。目をそらした方が負け、みたいな。
 長い長い沈黙が落ちる。やがて折れたのは、ハヴィッツの方だった。
「そこまで言うのなら、やってみればよい」
 吐き捨てるように。
「スルト火山に眠る光炎の翼、お前のものにしてみせよ。さすれば、アポカリプスを倒すための知恵の事も考えてやらなくはない。ただし」
 ぎん、と鋭利な刃物みたいな視線があたしたち三人を見すえる。
「儂から援護は出さぬ」
「充分です」その視線を真正面から受けて、セレンは深々と頭を下げた。「お許しをくださった事、感謝します」
 そうして顔を上げた彼は、かつての父親と同じように、スルト火山へ向けて出立しようとするので、あたしはレジェントと二人で慌てて後を追いかけた。
「ごめんな、勝手言って」
 セレンはずんずん歩いていっちゃったけど、里の入口のところでようやく立ち止まり、あたしたちを振り返る。
「スルトには、八頭竜ヒドラっていう相当強い魔物が棲んでる。危険だから、オレひとりででも」
 行く、とみなまでをあたしは言わせなかった。てのひら突き出してさえぎった。
「今更水くさいよ。そんなに危険なら、ますますあたしたちの力が必要じゃない」
「俺たちを仲間だと言ってくれただろう」
 レジェントも笑みを向ける。
「俺たちだって同じように思っている。仲間を見捨てる事などできるものか」
 セレンは面食らったように目を見開いて、しばらくぽかんとしていたんだけれど、やがて、心なしか頬を紅潮させて、ぼそっと呟くようにこぼした。
「ありがとう」
「こっちこそ、ごめん」
 あたしが謝ると、彼は心当たりが無いのか、首を傾げるけど。
「あたしが火のアストラルを説得するよ、ぐらいの事言ったのに、結局ひとっことも言えなかった」
 するとセレンは、「ああ、それ?」と、ぷっと洩らし、片手を振る。
「いいさ。一緒にいてくれるだけで心強かったし」
 そうして優しい笑みを向けてくるものだから、あたしはまた何故か一人でドキドキする。本当に、なんだ、これ。
「俺が邪魔なら、しばらく外すが?」
「そっ、そんなんじゃない!」
 更にレジェントにからかわれて、セレンとあたしの台詞がかぶった。そんなんじゃないって、じゃあどんななの。というか何でセレンまで赤くなってるの。ますます思考がぐるぐると迷走を始めると。
「ああ! よかった、まだいた!」
 里の方から明るい声がして、駆けてくるアストラルがひとり、いた。短めの赤毛に赤い瞳は、純血の火のアストラルの証。セレンとそう歳が変わらなそうな女の子だった。
「ユエナ?」
「あ、覚えてた。忘れられてたらどうしようかと思ったよ」
 セレンが名前を呼ぶと、ユエナと呼ばれた彼女は心底嬉しそうにほっと息をつく。その顔を見て、思い出す。セレンの夢の中で、彼に手を差し出した数少ないアストラルの中に、幼い彼女の姿もあった気がする。
「スルトへ行くんだろ? アタシが道案内してあげる」
「長が、援護は出さないって言ってただろ」
「長は、だろ? だからアタシが個人的に援護する分には、一向に構わないって事さ」
 実に都合よく解釈した見解を述べて、ユエナは笑った。それから急にその笑みを引っこめて、あたしたちを冷たく見やる。
「こんな人間たちじゃ、お前の助けどころか、足を引っ張るだけじゃないか」
 こんな人間。そりゃ、アストラルから見たらこんな人間程度だけど、あたしたちは今まで、魔物ともシェイドとも対等に渡り合ってきた。全くの役立たずじゃない。あたしはむっとして、さすがにレジェントも表情を固くする。今度こそ一言くらい言い返してもいいかと口を開きかけると。
「そういう言い方、やめろよ。オレだって半分人間だ」
 セレンがユエナにぴしゃりと言ってのけた。
「一緒に来るつもりなら、二人と仲良くやってくれ。挨拶くらいしろ」
 ユエナがぷうと頬を膨らませて、なにか言わんとしていたけど、諦めたらしく、あたしたちに向き直る。
「ユエナ・サザク・アイエスクス」
 ぶっきらぼうに名乗るのがちょっと気に入らないけど、ここは余裕を見せてきちんと挨拶すべきだろう。
「あたしはカラン・ミティア。よろしく、ユエナ」
 精一杯の笑顔を作って、握手を求める右手を差し出す。だけど。
「よろしく」
 彼女はその手をうさんくさそうに見つめた後、ふいっと視線をそらして、それだけを言い残した。レジェントが名乗っても、そんな調子。
 アストラルは人間嫌いと言っても、ここまで露骨なのか。あたしは、この先の道のりに一抹の不安を覚えずにはいられなかった。