第10章:光炎の翼を(4)
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 スルト火山は、シエナ・アイトを取り巻く火山の中でも最大だ。あちこちを溶岩の川が流れ、ところどころで、本来あった道が溶岩によって途切れている。
 普通の人間なら渡れない距離を、アストラルのユエナは滞空魔法で軽々と飛び越える。あたしとレジェントが憮然としていると、セレンがあたしたちの手を取って、転移魔法で対岸まで移動させてくれた。
「遅いよ」ユエナは鼻白む。「やっぱり、アタシとあんただけで進んだ方が早くない?」
「早さは問題じゃない」
 セレンに言われて、ユエナはそれでも不満そうだった。
 アストラルは人間を下に見ている。それはきっと、歩く事や喋る事と同等に身体に染みこんで千年以上続いてきた慣習だろうから、すぐにその考えを変えろって方が、無茶なんだろう。
 しばらく皆無言で歩き、また、溶岩で道が分断されている場所に出た。
「男たちで先に行きなよ」
 ユエナがセレンを促す。
「女同士で話したい事もあるしさ。安心しなよ。一人にして置いて行くとか、あからさまな嫌がらせしようってんじゃないんだから」
 一体、何言われるんだろう。あたしはどきりとして、セレンも心配そうだったけれど、皆が予想した事をユエナ自身が否定してみせた。
「あまり遅れるなよ。はぐれる」
 セレンは不安げに言い置いて、レジェントと共に転移魔法で溶岩の川を渡り、先へと進んだ。それを見送っていたユエナは、不意にあたしを振り返る。そして、ふうん、と声を洩らしながら、あたしの頭から爪先までを見回し、顔も胸元もじろじろと無遠慮に見て。
「なんでいいのかなあ」
 不本意だとばかりに唇を突き出す。
「絶対アタシの方が、可愛いし、力もあるし、胸あるし、身長だってつり合うと思うんだけどなあ」
 ざくざくざくざくっ、と。コンプレックスを刺激する見えない矢が容赦無く心に突き刺さった気がした。どうせあたしの顔は並だし、剣も魔法も中途半端だし、胸も身長も無いですよう。
 そうやって落ち込みかけて、ふと思う。
 誰が、何を、いいって?
「人間の世界に行ってから、何があったんだか」
 ユエナはひとりごちて、あたしの疑念には気づかないのか、答えてくれない。まあいいや、と勝手に何かを納得してる。
「どこがいいのか、この先で見せてもらえればいいけど」
 そうしてあたしの腕をぐいと引いて、滞空魔法で溶岩の流れを飛び越えると、早足でセレンたちの後を追った。
 ほどなく、セレンとレジェントに合流する。ユエナはセレンの隣に並び、「何言ったんだよ」と言う彼の言葉にも、「べつに」と、けろっと返すばかり。
「……何を言われたんだい?」
 その様子をうかがいながら、レジェントがあたしに問いかけてきたけれど、外見にケチつけられた以外、何か酷い嫌がらせをされた訳でもないから、
「なんでもない……」
 としか答えようが無い。
 ユエナはセレンの隣を保ったまま、色々と話しかけつつ歩いていく。多分彼女は、セレンに優しくしたアストラルの中でも、彼に一番近い位置にいたんだろう。幼なじみってやつだ。
 あたしの知らない頃の彼を、知ってる。
 そう思うと、胸がちくりと痛んだ。
 旅立つ前、自分を知っている人間はいないかもしれない、と心細さを吐露した彼を、あたしが知っている、と勇気づけた。だけど今は、彼を知っているひとがそばにいる訳で。
 彼はどう思っているんだろう。今も、あたしの言葉を心強く思っていてくれるかな。
 そんな事を延々考えながら歩いていると、やがて山頂の火口にたどり着いた。
「ここでどうするの?」
 マグマがふつふつと沸き立って、熱風が吹きつける火口を見下ろしながら訊くと、
光炎の翼カルバリーを呼び出す」
 セレンは真剣な顔つきで答えた。
「だけど、その前に」
 そして、赤い目を細めて周囲を油断無く見渡す。それにこたえるかのように、ずしん、ずしんと、何か巨大なものが、地を揺るがし近づいてくる気配がした。
 あたしは剣を、レジェントは槍を構える。ユエナは、柄の無い剣――魔道剣ルーンブレイド――を取り出して、その柄の両端から赤い光を生み出した。
「――来るぞ!」
 セレンが声をあげると同時、あたしたち一同の前に炎を壁のように生み出した。そこに、ごっと、前方から別の炎が吹きつけた。炎同士が反発して、一瞬にして蒸発する。
 炎の向こうに、それをぶつけてきたものの姿を見て、あたしは息を呑む。複数の長い首の頭を持つ、赤色の竜。八頭竜ヒドラだった。足元から頭までゆうに人間の五倍くらいはありそうだ。八頭竜という割には、よくよく数えるとひとつ足りない。八つ目の頭があったと思しき場所は切断されたのか、古そうな傷跡になっている。
 ヒドラは七つの頭で咆哮し、再度炎を吐き出した。今度はユエナが炎の防御壁を張り、攻撃を防ぐ。だけど、炎を吐き出さなかった別の頭が、直接こちらをかみ砕こうとばかでかい口をあけて迫って来た。
 剣呑な牙がかみ合わされる直前、レジェントが槍を敵の口へ縦に突っ込んで、がぢりとつっかえ棒にしてしまった。「カラン!」名を呼ばれて、あたしは剣を振り抜く。ひとつ、首が飛んだ。
 人間が相手にしちゃいけないって魔物辞典に書いてあったから、どれだけのものかと戦々恐々していたけれど、なんとか相手になりそうだ。
 セレンが爆発魔法を放つ。直撃を食らって怯んだ頭めがけて、ユエナが魔道剣をブーメランのように投げる。魔道剣はくるくると弧を描いてヒドラの頭を斬り落とし、ユエナの手元へと戻った。
 魔物に怒るとかいう感情があるかはわからない。だけど、残り五つの頭が、揃って苛立たしげにうなりをあげた。
「セレン!」
 あたしは彼に呼びかける。
「ここは引き受けるから、カルバリーを」
 彼が驚いたように目を見開く。最強の精霊を味方にすれば、ヒドラだってもう少し簡単に倒せるだろう。それまでの時間稼ぎなら、あたしたちにだってできるはずだ。
「大丈夫だから」
 心配をかけないように、努めて笑顔を作った。ここまで一緒に来たんだもの、足は引っ張りたくない。そんな気持ちを込めて。
「すぐ終わらせる」
 セレンは深くうなずき返し、そして、滞空魔法を使って火口の上空へ飛んだ。ヒドラの首のひとつがそれを追いかけようとしたのを、光魔法をぶつけてこちらへ気を向ける。
「火のアストラル、セレン・アルヴァータ・リグアンサが願う」
 彼の詠唱が始まった――今回ばかりはアストラルでも詠唱が必要らしい――のを耳にしながら、あたしたちはヒドラがそちらへ向かないように誘導する。一つの首がユエナを、二つがレジェントを、そして残りの二つがあたしを、それぞれ追いかけてきた。
「太古の時代に封じられし光炎の翼、カルバリー」
 三人で火口付近を駆け回って、ヒドラをかく乱させようとする。五つの首は、どれが誰を追ったらいいか混乱したらしい、首がこんぐらかって巨体がフラフラと揺らぐ。その隙を逃さず、ユエナが魔道剣を投げ、レジェントが右側から、あたしが左側から、ヒドラの背中に駆け上がる。
「永き眠りから目覚め、今ここに、破壊の使徒を打ち破る力を示せ!」
 ユエナの魔道剣が一つの首を斬り飛ばし、レジェントとあたしがそれぞれ、一つずつ頭を武器で貫く。それと同時にセレンの詠唱が終わり、スルト火山が鳴動する。
 噴火でも起きるんじゃないかってくらいの地響きの後、火口が白い光を放つ。あまりのまぶしさにあたしたちは目をつむってしまった。ヒドラにも目くらましになったらしく、襲われなかったのが幸いだ。
 少しずつ、少しずつ、光がおさまってゆく。まばゆさにくらんでいた周囲の光景が元の色を取り戻してゆく中、あたしは、まだ視界に残る光を見た。
 白い炎の翼。
 一言で称するなら、それだ。
 高温で赤色を通り越したんだろう、白く燃え上がる、三対の炎の翼。まるでセレンの背から生まれたかのように、彼はそれをまとっていた。
 神々しくすら見える、まさに光炎の翼。
「焼き尽くせ、カルバリー!」
 金色を帯びた瞳でセレンが叫ぶ。翼は六枚羽根の鳥の姿をとり、一直線にヒドラへと突っ込む。自分が吐き出す炎より更に強力な火に包まれ、ヒドラは断末魔の叫びをあげながら崩れ落ちた。