第11章:悠久の剣(2)
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 セレンの転移魔法で、あたしたちは一瞬にしてオルトバルス大陸のザワンの森に移動した。何週間もかけて海を渡ったのが嘘みたいだ。
 転移魔法はとにかく便利で、一度行った事のある場所や、それが無くても目に届く範囲なら移動できる。術者の力量によっては自分ひとりだけでなく、数人から数百人単位でも転移させる事が可能なんだとか。
 一度だけセレンは、フェルバーンの元から逃げ出すために、来た事を知らないはずのナイアティットたちの待機場所へ飛んだけれど、あれは例外中の例外。とにかくどこかへ退避しようと、そばにいた人たちの記憶に干渉したらしい。詳しい事は「上手く説明できない」と彼が言った上に、聞いても理解できない仕組みっぽいから、訊かなかったけど。
 ザワンの森は、半年前に来た時と変わらない、世間から隔絶された静けさの中にあった。世界が融合したせいか、心もち、前より木々の種類と量が増えているような気もしなくはない。
 だけどパティルマ・ドローレスは、そんな事は些細な問題、というか全く気にしていない様子で、小屋の前であたしたちを待っていて、
「おばあさま、久しぶり!」
「おお、エイリーン。よく帰ってきたねえ」
 嬉しさを前面に押し出してとびつくエイリーンを、まるで本当の孫娘のように優しく出迎えた。実の祖父と孫なのにとてつもなく険悪な、ハヴィッツとセレンのやりとりを見た後だから、なんか、ささくれ立っていた心が和む。
 ひとしきり再会の抱擁をエイリーンと交わしたドローレスは、腕を解くと、あたしの方を向き、あたしの緑の髪を見て満足げに笑んだ。
「腹がすわったようだね」
 それからセレンの方を向いて、「取り戻したかい」と。
「なんであの時、あんたがオレに教えてくれなかったのか、わかった」
 セレンはうなずき返す。
「確かにこれは、自分で思い出さなきゃ到底信じられない話だ」
 ドローレスは、リサには「よくやってるね」とねぎらいの言葉をかけ、兄さんとレジェントを見やる。
「ラテジア・カイナーに、レジェント・リュード・ヴァリアラかい」
 初対面のはずなのに名前をはっきり言い当てられて、ドローレスの実力を、聞いた事しかなかった二人はちょっと――兄さんはなんせあの無愛想無感情だから、本当にほんのわずかしか表情の揺らぎを見とれなかったんだけど――動揺したふうだった。
「あんたはもうすぐ、大きな選択を迫られるだろうけど、どちらを取るかきちんと判断するんだよ」
「何でもお見通しって訳か」
 ドローレスの言葉に、兄さんは困ったように髪に手をやる。
「あんたには、私から何かを忠告してやらなくても、もう、どうすべきかわかっているようだね」
「できれば、高名な占い師殿にお会いできた記念にひとつ、お言葉をいただきたかったところなのですが」
 そんな事を言われては、レジェントは苦笑するしか無い。
「おばあさま」エイリーンが神妙な表情でドローレスに訊ねる。「わたしは?」
「変わらないよ」ドローレスも笑みを消して、真面目な顔で答える。「少しもずれてない」
「そう」と、エイリーンは顔色を曇らせた。変わらない、って事は、エイリーンはあたしたちより前に、自分のゆく先について占ってもらった事があるんだろう。そこで示された道が、少しもずれてないという事なのかな。エイリーンの反応を見ると、喜ばしい事態が待ち受けてる訳ではなさそうだけど。
「とにかく、お入り」
 ドローレスはにこにこ顔であたしたち一同を見渡した。
「また、ごちそうを用意してるよ。まずは腹ごしらえしておゆき」
 小屋の中に案内されたあたしたちはダイニングに通されて、既にドローレスのリサーチ済みだったろう、それぞれの好物を相伴する事になった。セレンのためのレモンスカッシュだけじゃなくて、実は地味に肉より魚が好きな、兄さん向けの魚料理まで用意されていたから、やはり彼女は完璧だ。
 そして、今の世界の混沌とした状況下で、これだけの豊富な食材を、森の奥に住んでるドローレスがどうやって揃えられたんだろうという疑問が浮かぶが、彼女は「長年占い師をやっていれば、いくらでもつてはあるんだよ」と、詳しく教えてはくれなかった。多分、無理矢理聞き出そうとすると、最早懐かしくすらなっているあの気迫をまた食らってうやむやにされるだろうから、深くは追求しない事にしておく。
 皆が満足する食事が終わって、食後に出された、上質の茶葉を使った紅茶をすすっていると、ふと思い立って、あたしはドローレスに訊ねる。
「そういえば」
 訊けるならば訊いてみたい事。
「ドローレスは、あたしたちがアポカリプスを倒せるかどうかまで、知ってるの?」
「知ってたところで、答えると思うかい?」
 ドローレスはやんわりと、でも、たしなめるような口調で。
「勝つってわかってたら必要以上の努力をしないし、負けるとわかってたらこれ以上あがく事を諦めるだろう?」
 そんな事しない。そう答えようと思ったけど、「哀しいかな、人間ってのはそういう生物なんだよ」とドローレスが先手を取る。
「前に、物事には時期というものがあるって言っただろう? それだけじゃない、場合というものもあってね。知ってしまっても、言っちゃいけない事というのがあるんだよ」
 結局彼女が、あたしたちの戦いの結末を知っているのかどうかは、明言してくれなかった。
 でも、ドローレスの言う事ももっともだと思い直す。先が見えないからこそ、人間は力を尽くす事を、立ち向かう事を諦めない。逆の場合も多々あるけれど、今回の戦いは、行く末がわからないから放り出す、なんてできない。責任重大だ。
「だからとにかく、やれるだけやってみな」
 ドローレスはそう言いながら、空になっていたあたしのカップに、紅茶を注ぎ足してくれる。
「最後まで、諦めずに、やけにならずに。そうすればおのずと道も開けてくる。全力を尽くした結果なら、誰も文句は言わない」
 そして、にっと笑って。
「万一世界が滅びれば、文句を言う奴さえひとりもいなくなっちまうんだから」
 とても、世の行方を占う人の言葉とは思えない。は、はは、と、思わず乾いた笑いが出てしまう。
 だけど、これが彼女なりの、あたしたちへの応援の言葉なんだろう。占いに頼らずとも、自分の全力で立ち向かえという。
「流石は高名なドローレス女史です。正直、気負っていたが、少し気が楽になりました」
 レジェントが微笑を洩らして、紅茶を飲み干す。
「ご忠告、感謝いたします」
 リサにならって皆で頭を下げると、
「やめておくれよ」
 ドローレスは照れくさそうに両手を振った。
「もうろくしかけた婆のたわごとだと思って、聞き流しておくれ」
 本人はそんなふうに言うけれど、そんな事を思っているのは、あたしたちの中には誰ひとりとして、いなかった。