第11章:悠久の剣(4)
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 教会に供える花を、この前みたいなちょこんとしたものじゃなくて、全員で集めたいっぱいの花に置き換えて、今度こそゆっくり休んでください、と祈りを捧げた後、手伝ってくれたバウンサーやアストラル一人一人にお礼を言ってまわった。
 そうして、アスター君にもよろしく、と伝言を託して、セレンの転移魔法で彼らをガゼルに帰すと、あたしたちはついに神剣を手に入れるべく、森林地帯に足を踏み入れた。
 霊が言った通り、記憶は全て託されたんだろう。人の手の加わった気配がしない原生林の中を、見知った場所のようにセレンはすいすい先へ進んでゆく。だけど、決して追いかけるあたしたちが見失ったりしないように、ちょくちょく後ろを気にかけてくれながら。あたりもすっかり暗くなっていたので、火の灯りを、ひとつだけでなく、みっつよっつともしながら。
 やがて、深い木々に囲まれていた視界が急速に開ける。灯りと、天空から降り注ぐ月光に照らされて、気の遠くなるくらい樹齢を重ねてきただろう巨木が姿を現した。
 だけどあたしたちの視線は、樹の高さを確かめる為の上ではなく、下に、その根元に、集中している。正確には、しっかりと張った根に埋まりこむように突き刺さっている、一振りの長剣へと。
 暗闇の中でも、静かに、だけどしっかりと輝きを放つその剣の存在感に圧倒されて、しばらく誰もが言葉を紡ぎ出せずに黙りこくっていたんだけれど。
「カラン、ラテジア」
 レジェントに促されて先に足を踏み出したのは、兄さんだった。樹の根元へ近づき、手を伸ばしてみる。直後、ばちん、という音と共に青白い閃光が爆ぜ、見えない壁に弾かれた。
「やはりな」
 多少しびれたらしい、兄さんは軽く手を振りながら。
「勇者の子孫の証である緑の髪を捨てた者には、資格は無いらしい」
 その台詞で皆が一斉にあたしを振り返る。いきなり視線の集中砲火を浴びて、あたしはちょっとうろたえた。あたしだって、ついこないだまで緑の髪を黒く染めて、隠して逃げていたんだ。資格だったら、あたしにも無いかもしれない。
 だけど兄さんができなかった今、神剣の封印を解ける確率が残っているのはあたしだけだ。意を決して、進み出た。
 ゆっくりと手を伸ばす。ちり、とわずかに電流が走るようなしびれがあったけれど、手は弾かれる事無く結界を通り抜け、剣の柄を握る事を許された。剣を取り巻いていた根が、自然とほどけてゆく。まるで、あたしを待っていたかのように、剣は樹から離れ、あたしの手の中におさまった。
 振り回してみる。軽い。今まで手にしたどんな剣よりも軽く、あたしの手になじむ。振りかざしてみると、柄に埋め込まれた虹色の石が、ガラスのように透明な刃が、月光を照り返して青銀色に輝いた。
「神剣は、姿形こそ違うけれど、この世界と平行して在るいくつもの異世界に存在し、それぞれの役目と名を持って世界の命運を左右する。ある世界では覇権を争う聖魔剣と呼ばれ、ある世界では戦を司る巫女の力を帯びた秘剣となり、またある世界では狂った神を滅ぼす竜王剣としての役目を果たした」
 神々しく光を放つ神剣に皆が見入る中、島の民の記憶を受け継いだんだろう、セレンが口を開く。
「世界によって呼び名が違う神剣の、この世界での名は、島の名前と同じ」
 一拍置いて、セレンは神剣の名を呼んだ。
「『エターナリア』」
 悠久の剣エターナリア。口の中で、声には出さずに繰り返す。伝説の時代から存在し続けるに相応しい名前だ。
 青を帯びる刃に見入っていると、唐突に、周囲の木々の合間から何者かの気配を感じて、あたしたちは息をのむ。ここまで気取られずに近づいてきたのは。
「エターナリアの封印を解いたか」
 獣型のシェイドを引き連れた、中年の男性に見える彼はしかし、人間のものとは到底思えない邪悪な雰囲気をかもしだしている。多分、フェルバーンに連れられて姿を消したというカバラ社員のひとりなんだろう。つまり、彼もきっと。
「我が主を脅かすものは排除せねばならぬ。渡してもらおうか」
 そんな要求を誰がのむものか。あたしたちが身構えるのを返事と受け取った男は、ちっと舌打ちした後、
「ならば、力ずくで奪っても構わぬと命を受けている。ここで倒れてもらおう」
 振りかぶった腕があっという間に、黒い鋭い爪を有したものに変わる。やはり影にされていた。それを合図にしたかのように、獣型の影が襲いかかって来る。
 あたしたちはばっと散開して、敵を待ち受けた。リサが氷魔法を浴びせかけ、兄さんが、エイリーンが打ちかかる。皆の背後を狙おうとする影には、レジェントが渾身の突きをお見舞いして、それらの攻撃から逃れた連中にも、セレンの炎が踊りかかった。
 皆が獣型影の相手をしている間に、その頭上を軽々飛び越えて、元人間の影があたしの前にすたん、と降り立つ。
「カラン!」
 セレンが焦った様子で振り返るけど。
「大丈夫」
 あたしは笑みさえ浮かべながら、彼に返した。
「あたしは大丈夫」
 二回繰り返す。そう、あたしの心は静まりかえった泉のように、全く波立っていなかった。手の中のエターナリアが教えてくれる。こんな奴に負けやしない、と。
「小娘が!」
 あたしの余裕に苛立ったか、影が一声吼えて爪を振り上げる。その動きがとても緩慢に見える。握り締めた神剣に導かれるように身をひねり、振り下ろされた爪が空を切ったところへ、一撃。腕が吹き飛ぶ。ぎゃっと悲鳴をあげてのけぞる隙を逃さず、二撃目。銀青の輝きが吸い込まれるように、肩口から腹までをまっぷたつにする軌跡を描き、影は断末魔の叫びをあげながら地に倒れ伏し、やがて黒い結晶と化して、しゃりいいん、と砕け散った。
 その時には皆も獣型の影を全滅させて、あたしのもとへ集まってきた。改めてエターナリアをかざして見つめる。透明な刃には、刃こぼれどころか、傷も曇りも一切ついてない。
「……本当に倒せるとはな」
 兄さんが珍しく、本当に感心していますといった声音で呟く。
「試しに持たせてもらってもいいかい?」
 レジェントが、宝物を目の前にした子供のようにうずうずして手を差し出すので、あたしも軽い気持ちで、「はい」とエターナリアを手渡した。が、神剣を受け取った途端、彼はぎょっと目を丸くしてがくんとその場に膝をついた。まるでエターナリアが重くて持ち上げられないかのように腕を震わせている。レジェントにしては面白いふざけ方をするなあ、と思っていたら。
「カラン」
 信じがたい、といった声がレジェントの口から洩れた。
「ほ、本当に、君はこれを振り回したのか?」
「何を馬鹿な事を」
 横から兄さんが手を伸ばして、エターナリアをレジェントの手から奪う。けど、六人の中で一番腕力があるはずの兄さんまでもが、本気で歯を食いしばり、神剣を持ち上げようとするんだけれど、両腕が笑うように震えて、しまいには手を離した。エターナリアは、そんな重さを二人に課したと思えないほど軽快な音を立てて地に落ちる。
「カラン専用なんだよ」
 セレンが苦笑しながら、答えをよこしてくれた。
「多分、他の誰かが扱えないように、選ばれた者以外が持とうとしたら拒否する魔法がかかっているんだろ」
 それを耳にしながら、あたしはエターナリアを拾い上げる。やっぱりあたしには、羽根のように軽い。
 あたしだけ。
 優越感より、責任感が先にのしかかって来る。だけどそれはやがて、決意に代わる。
 あたしを選んでくれたこのエターナリアに応えられるよう、あたしは力を尽くそう。必ず、アポカリプスを倒すんだ。必ず、この世界を守るんだ、と。
 千年前の勇者のような救世主になろうとか、そんな大それたものじゃない。ただ、身近な人や、関わって来た人たちの、笑顔とか、平穏な日々とか、大切な誰かとか。そういった単純で、でも大事なものを守るために、戦うんだ。
 振り返る。リサが、レジェントが、エイリーンが、兄さんが。そしてセレンが、確かな笑みを返してくれる。
 大丈夫。きっとやれる。あたしは確信する。
 あたしは、一人じゃない。
 こんなにも心強い仲間たちがいるんだから。