第11章:悠久の剣(5)
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 アポカリプスの元へ乗り込むのに必要な、最低限の条件は揃った。あとは、ノアルとアーレンが協力してくれた、神剣以外でもアポカリプスを倒せるはずの武器を、ミーネさんがいつ仕上げてくれるか次第。
 クライスフレインに帰って来て、出迎えてくれたサイゼルさんとナイアティットの話によると、部下を様子見にやったところ、三人とも、寝食削って無心に武器制作を続けているとか。
「ミーネには、全てが終わった後に相応の礼をしなくてはならないね」
 レジェントが言い出し、だが、とも続ける。
「王室抱えの武器職人に、などと言っても、彼女は受けてくれそうにないしな」
 彼女はそんな、高い身分とか、贅沢な暮らしとかを望みはしないだろう。ただ、家族が遺してくれた工房で自分の好きな物を打ち続けていれば、それで満足に違いない。
 本当は、あともうひとつ。言葉には出さないけれど大好きな、ヴァリアラ騎士と結婚して、つつましくも幸せに暮らせれば、それでよかったはず。それがかなわなくなってしまった事を、いつかは、できるだけ早い段階で、面と向かって謝らなきゃと思ってる。
「それにしても」
 レジェントがあたしの方に目をやる。正確には、腰に帯びたエターナリアに。
「本当に、カランにはそれが軽いのか?」
「うん」
 あたしはうなずき返す。めちゃめちゃ使い勝手がいいと思ってるあたし自身には信じがたい事なんだけど、エターナリアはどうやら、封印を解く相手だけじゃなくて、使い手まで選んだらしい。
 クライスフレインに戻って来た時、少しでも解析できないかエターナリアを調べさせて欲しいって、カバラ社の人たちが来たんだけれど、この神剣はかなり気難しく、ばちりと青白い閃光を放って、彼らに触れる事を許さなかった。
 兄さんやレジェント、リサといった、勇者の血を引いているはずの人たちは、そこまであからさまな拒絶をされなかったものの、やっぱりそんじょそこらの大剣より重くて、持ち上げるのは無理、と挫折。皆諦めて、エターナリアをあたしに返してくれた。
 結局、あたし以外の人間がアポカリプスを倒すには、ミーネさんがその為の性能を備えた武器を完成させてくれるのを待つしかない。そこに話が戻っちゃうのだ。
「焦れるな、待つだけというのは」
「この間にも、魔物やシェイドが各地の都市を襲っているかもしれませんものね」
 手持ち無沙汰になってしまったので、結局皆でまたレジェントの執務室に集まって、お茶の時間を過ごしている。兄さんのぼやきにリサが同意するけれど、それで事態が進む訳でもなく。
 はあ、とため息ひとつついて、ふと顔を上げると、エイリーンの様子がちょっとおかしい事にあたしは気づいた。ティーカップの中身が冷めるのも構わず、何かを考えこんでいるのか、ぼんやりとしているのか、判断がつきにくい表情。
「エイリーン、どうかした?」
 声をかけると、彼女ははっと我に返って、
「う、ううん。何でもないわ」
 と、薄く笑みを乗せて首を横に振るんだけど、絶対に、何でもないってかんじじゃない。あたしだけじゃなくて、皆がそう思ったのに感づいたんだろう。彼女は、何度か視線をティーカップとあたしたちの間で行き来させる。
「……あのね」
 やがて、言い出しにくそうに口を開く。
「わたし」
 その時だった。いきなり室内に吹き込んだ魔力の風に、あたしたちは咄嗟に自分達の武器に手をかけて立ち上がる。何度も経験したからわかる、これは、転移魔法。
 敵襲か。ここで六人が立ち回るのはちょっときついかも。そう思っていると、現れたのは、薄緑の髪に緑の瞳。
「あなたは……」
 ミーネさんのところにいるはずの、風のアストラル、アーレンだ。単に気まぐれでここに来たとは思えない。服が血に染まっていて、ぼたぼた床を赤く染めるその血は、他人のものでもなさそうで。これはただ事ではないとあたしたちに感づかせる。
 咄嗟にリサが駆け寄り、回復魔法を施す。出血だけは止まったものの、まだ苦しそうな息の中、彼は途切れ途切れに告げた。
「ミーネ・スクーナーの、元に……アポカリプスの、手の者が」
 途端にあたしたちは表情を固くする。
「ノアルが、食い止めているが、いつまでもつかわからない。どうか、救援を」
 言われるまでも無かった。あたしたちはお互いに顔を見合わせて、深くうなずきあう。
「カラン、ミーネさんの工房の場所はわかるよな」
 セレンが転移魔法を使う準備をする。そうか、セレン自身がミーネさんの家に行った事は無いから、行った人間の記憶に頼るしか無いのか。
「リサはここでアーレンを看てやってくれ」
 言うが早いか、魔法を発動させる。リサとアーレン以外のあたしたち五人は、あっという間にミーネさんの工房へと移動していた。
 すぐに、工房内のただならぬ様子が目に入ってくる。ノアルが倒れている。その金髪を赤く染めるほどに血を流して。ミーネさんが、苦痛に満ちた表情で壁際にしゃがみこんでいる。利き腕の右腕を斬られたらしい。おさえる指の合間からどくどくと赤いものがこぼれ落ちてゆく。
 そして、その惨劇をもたらした人物を目にして、兄さんが呻くように声を洩らした。
「……ラシェル」
 大剣を握り締めた茶髪の女性が振り返る。世界の中心で出会った時と同じ、どこか憂いを宿した薄茶色の瞳が、兄さんを映して切なげに細められる。
「どうして、あんたが」
「あのひとの意志だから」
 兄さんの半ば呆然とした問いかけに、ラシェルさんは微笑すら浮かべて淡々と答える。
「アポカリプスに害をなすものは事前に排除しなくてはいけない。私はその為だけに、この世に呼び戻された」
 じゃきり、と音を立てて、ラシェルさんは大剣を構え直す。
「止めたいならば、私を倒しなさい」
「……こういう事か。選択しろという、パティルマ・ドローレスの言葉の意味は」
 兄さんは口の端を皮肉っぽくつり上げながら、ゆっくりと自分の大剣の柄に手をかけて、鞘から抜き放つ。そして。
「カラン、セレン」
 あたしとセレンの名を呼んだ。妹のあたしはともかく、セレンを名前で呼ぶなんて初めてじゃないか。場違いな驚きの感想を持っていると。
「とどめは、頼む」
 真意を読みきれずに、あたしはきょとんとしてしまう。
「皆」
 それには構わず、兄さんはあたしたち全員に向けて、殊勝な言葉を口にした。
「力を貸してくれ」
 それが兄さんに課された選択に対する、兄さん自身の答えなのだと、そこで気づいた。ラシェルさんを倒すのが、彼女を止める、そして救う、唯一の道なのだと、兄さんは覚悟を決めたんだ。それならば、あたしたちは仲間として、兄さんのその選択を尊重し、果たす為に、協力するだけ。
「迷いが消えたわね」
 ラシェルさんが微笑み、そしてすぐにその笑みを消して、ぎんと険しい目つきになった。ひとつ気合を吐いて、彼女は踏み込んでくる。振り下ろされる一撃を、兄さんの剣が受け止めた。