第11章:悠久の剣(7)
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 ラシェルさんの襲撃から日を置かずに、ミーネさんが楼閣にやってきた。レジェントの執務室に通された彼女は、まずリサに傷を治してくれた礼を述べて、
「工房はめちゃくちゃで直さなくちゃいけなくなっちまったけど、武器はほとんどできてたんだ」
 あとはラテジアの分だけだったんだけど、手間はぶけたし。彼女はそう言って、同行してきたノアルとアーレンと共に、テーブルの上に、がしゃん、と、布に包まれていた武器を置き、披露した。
「まず王様にはこれ。『ブリューナク』って名づけさせてもらった」
 レジェントに、立派な槍が手渡される。立派と言っても、やはりミーネさんらしく、無駄な装飾は一切無いんだけど、それでも充分立派だと言えるできばえ。
「エイリーンはこれね。『カイザーナックル』」
 いつの間に採寸したのか、それとも目測か。エイリーンの手にぴったりと合うナックルだった。
「エリサ姫に、『ケーリュケイオン』」
 色彩の定まらない宝玉が先端に取りつけられた杖が、リサの手に渡る。
「あとセレン。そんなとこでぼーっとしてんじゃないよ」
 はなから、自分は魔法重視だから武器は必要無いし、作ってもらってもいないだろうとふんで、部屋の壁際で関係無さそうに腕組みしてたセレンは、指名されて、ちょっと戸惑ったようだった。
 ミーネさんが何か筒状の物を放り投げる。慌てて受け止めたセレンの手元を、皆で覗き込んでみると、それは、前に彼が使っていた魔道剣とほぼ同じ、刃の無い柄だけの剣だった。前との違いといったら、埋め込まれている石が赤ではなく、透明である事か。
 セレンはその場でそれを振ってみる。途端に石が赤みを帯び、魔道剣ルーンブレイドを使った時と同じ、赤い光の刃が現れた。
「ノアルに聞いて、作れそうだからやってみた。『グラディウス』って呼んで」
 それには皆、すっかり舌を巻いた。歴代の人類の魔道士や研究者がどんなに頑張っても解明しきれなかった仕組みの魔道剣を、いくらアストラル直々の伝授があったからって、「作れそうだからやってみた」で本当に作り上げてしまったミーネさんって、天才じゃないの? と思ってしまう。カバラ社の研究部門の人が聞いたら、ショックのあまり卒倒するかも。
「ありがとう、ミーネ、ノアル、アーレン」
 レジェントにならって、皆で三人に頭を下げる。
「これでアポカリプスと戦える条件は整った。あとは、奴の懐に飛び込むだけだ」
 だけどあたしは、エイリーンの決して明るくない表情が気になった。こないだから、何かを言いあぐねているかんじがしてならない。
「エイリーン」
 呼びかけてみると、彼女はびくりと肩をすくめて、
「な、なに?」
 と、しどもど返事するので、思い切って訊いてみた。
「何か、あたしたちに頼みたい事があるんだよね? 言ってみて」
 それでも彼女は、まだ何かをためらうように視線をきょろきょろさせていたんだけど、やがてまっすぐにあたしたちを見つめて。
「……カランも、セレンも、ラテジアも。皆、自分の運命に向き合ったんですものね。わたしももう、逃げていられない」
 そう言って軽く笑んだ後、彼女は至極真剣な顔つきになった。
「白竜の森へ一緒に来て欲しいの」
 白竜の森。それはエイリーンの故郷の名前。だけどそこは、黒竜王のグヴィナスに滅ぼされたって、エイリーン自身がそう口にしたはず。そこへどうして?
「わたしのおじいさまが、ひとりで森を守っているの。白竜族で生き残ったのは、わたしとおじいさまだけ。そのおじいさまから、白竜王としての力を受け継ぎたいの」
 祖父と孫というと、セレンとハヴィッツみたいな、物凄い険悪な関係しか印象に残っていないので、不安になってしまうんだけど、どうもそうでもなさそう。
「きっと、エターナリアとカルバリーの力を持ってしても、アポカリプスの元へ乗り込むのは難しいと思う。でも、白竜王の力が加われば、不可能じゃなくなるはずよ」
 そうなんだろうか。セレンを振り返ると。
「確かに、不安要素は乗り込む方法だったんだ」
 彼はそう言って肩をすくめる。
「普通のグリフォンやガルーダじゃ、あの結界を突破するまでもつかどうかわからない。だけど、竜族ほどの力なら、なんとかなるかもしれないな」
「カラン、決めるのは君だ」
 唐突にレジェントに指名されて、不意打ちを食らったあたしは、きょとんと目をみはってしまう。
「決めてくれ。エイリーンの頼みを聞いて白竜の森へ行くか。それとも、現行の戦力だけで、できるだけ早くアポカリプスの元へ行くか」
「でも、なんであたしが?」
 ものごとを決めるなら、王様のレジェントがさっさか判断くだせばいいじゃない、と思ったんだけど。
「真の神剣たるエターナリアを持つ君が、この世界の命運を握る鍵だ。選択権は君にある」
「今までも、なんだかんだ言って、重要な決断はお前がしてきただろう」
「カランさんがリーダーだと思います」
 レジェントだけじゃなく、兄さんやリサまでそんな事を言い出す。残るメンバーを見やっても、エイリーンとセレンも、皆と意見は同じだという表情をしていた。
 もうこうなったら、腹くくるしかないか。ひとつ息ついて、あたしは腰に手をあて、開き直りましたとばかり、ふんぞり返り気味に宣言する。
「白竜の森に行こう。アポカリプスに対抗する為の手段は、少しでも多く持っていた方がいいから」
「わかった」レジェントが最初に応じる。
「かしこまりました」リサがうなずく。
「従おう」兄さんが口の端に軽く笑みを乗せて。
「まあ、行かないって言うとは思ってなかった」とはセレン。
「ありがとう」エイリーンが深々と頭を下げて、話はそれでまとまった。
 白竜の森には、エイリーンと、転移魔法を使えるセレン、そして兄さんとあたしの、四人で向かう事になった。またいつなんどきシェイドがクライスフレインを狙ってくるかもしれないから、特殊な影を倒せる人間が分散していた方がいいだろうと、レジェントとリサには残ってもらう。
 遠出の支度を整えようと執務室を出て、ずいぶん慣れ親しんでしまった、あてがわれた部屋に戻ろうとすると、
「カラン」
 ミーネさんが小走りに後を追ってきた。何だろう。足を止めて待つ。
「荷物になっちゃって悪いんだけどさ、アポカリプスの奴のとこに殴りこみかける時が来たら、これを持って行って欲しいんだ」
 ミーネさんは、布に包まれた何かをあたしに渡した。あけてもいいか、目で訊ねると、無言でうなずき返されたので、布を取り払う。中から現れたものを見て、あたしは息をのんだ。
 双剣だ。それはもちろん、ただ一人の為に作られた。本人を前にした時には作っていないって言ってたのに、やっぱりミーネさんは、クロウ専用の剣を打っていたんだ。
 だけど、クロウは。それを口に出せないで、唇をかみしめていると。
「なんかさ、あいつは死んだって気がしないんだ」
 ミーネさんは、薄い笑みすら浮かべて告げる。
「その、世界の中心の島で、しぶとく生き抜いて、なんとかやってるんじゃないかって」
 それは儚い望みにも近い、とてもとても低い確率。笑い飛ばせずにいると、ぽそり、彼女は訊いてきた。
「アタシの事、あいつから聞いた?」
 嘘ついても仕方無いから、はっきりとうなずく。すると。
「アタシはいい方。あいつも、あんまり幸せな子供時代を過ごしてないんだよ」
 ミーネさんは、ぽつりぽつりとクロウの事を語ってくれた。
 彼は二十年前のアヴェスタ壊滅で家族を失い、『クロウ・セスタス』なんて、武器の名前を人の名前にするような剣呑な施設で育てられたという。孤児を集めて、将来的に暗殺者に仕立てあげるその施設は、前の王様、つまりレジェントのお父さんが、施設を運営していた責任者を逮捕して潰したんだけど、残された子供たちには行き場が無い。そこで前王が一時的に引き取り、戦いばかりが本分で文字の読み書きもできなかった彼らに教養を与えた。その後、市民として静かに暮らしたい子は、市街の子供のいない夫婦に預け、唯一の取り得である戦闘力を活かしたい子は、そのままヴァリアラ騎士団に迎え入れた。クロウは、その内の後者を選んだ。
 そんなふうに前王に恩義があるから、その息子であるレジェントにも、クロウは献身的に仕えていたのか。納得する。
「そんな奴があっさり死んじゃうなんて、それじゃあ、さすがに神様ったら不公平すぎると思わないかい?」
 くすり、ミーネさんは声では笑ったけど、顔は今にも泣き出しそうで。気丈なミーネさんのそんな表情を見たら、胸がぎゅっと締めつけられて、言わずにはいられなかった。
「わかった。必ずクロウに渡すよ。必ず」
 って。
 ミーネさんは一瞬、軽い驚きに目を見開いたんだけど、すぐに口をへの字に曲げて。でも、しばらくすると、気丈ににこりと持ち上げて、返してくれた。
「頼むよ」