第12章:忘却の地へ(3)
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 時折地鳴りの聞こえる島の中、たびたび出現するシェイドを退けながら、あたしたちは、島の中心部、アポカリプスが現れた門を目指す。
 が、その道半ばで、ひときわ大きい地鳴りが響いて、地面が揺れた。咄嗟に体勢を整えようとしたあたしの足元で、地が裂けた。セレンが慌ててあたしの腕を取り、引っ張ってくれなかったら、地割れに飲み込まれていたかもしれない。
 揺れは、地面にかなりの高低差を作ってようやくおさまった。振り返ると、兄さんとエイリーンが下に取り残されている。さっきみたいに跳んでどうにかなるって高さじゃない。距離もある。セレンの滞空か転移の魔法に頼るしか無い。彼に頼もうとした時。
「必要無い」
 兄さんがこちらまで届く大きめの声をはりあげて、エクスカリバーを鞘から抜いた。エイリーンも身構える。
 さっきののっぺらぼうみたいな影が、ゆらゆらした動きで現れ、兄さんたちに迫って来た。
「ここは引き受ける。俺たちに構わず先へ進め」
 言いながら、兄さんは影を斬り捨てる。だけどいくら歴戦の戦士であるふたりでも、多勢に無勢だ。身を乗り出すあたしに向けて、影の心臓部に拳一撃、消し飛ばしたエイリーンが、笑みを向けた。
「大丈夫。そう簡単にやられるつもりは無いわ」
「すぐに追いつく」
 ふたりは、さっきのクロウみたいに力強く言うんだ。だからやっぱり、ふたりを信じるしか無い。
「兄さん、エイリーン、必ず、必ず後で!」
 四人になったあたしたちは、その場を離れて駆け出した。

 その後、影はほとんど出なかった。多分、兄さんたちが取り残されたあの場所にたまっていたんだろう。だからこそ、心配になる。本当に、兄さんたちにまた会えるんだろうかって。
「カラン」
 いつの間にか不安まみれの表情を顔に出していたらしい。横を走るレジェントが声をかけてきた。
「冷血だと思われるだろうが」
 彼は眉ひとつ動かさないまま、あえて厳しい口調で。
「今は彼らの事は考えるな。アポカリプスを倒せば全て終わる。逆を返せば、倒せなければ皆が死ぬ。奴を倒す事だけ考えるんだ」
 反論がきかない。正論だから。小さい頃のあたしだったら、その場にしゃがみこんで膝を抱え、何もかも放り出してわんわん泣き出していたかもしれない。だけど今、あたしはそこまで子供じゃないし、そんな事をしても絶対事態はいい方向に転がってくれやしない。ちゃんとわかってる。口をへの字に曲げて、それでも必死に足を前へ前へと踏み出して走り続けた。
 繰り返される地鳴りと地揺れ。以前来た道が通れなくなり、遠回りを余儀無くされながらも、島の中心部へと向かう。途中、デーモンよりひとまわり大きくて更に凶悪になった、アークデーモンが四、五匹、行く手を塞いだ。空を自在に飛び回り、第三階層の闇魔法を放ってくるけれど、先へ進むという命題を果たそうとしているあたしたちへの抑止力にはならない。セレンが炎の壁で闇の刃を打ち落とし、攻撃が途切れたところで、リサが第四階層の光魔法で攻撃。翼をもがれて落っこちてきたのを、レジェントとあたしでとどめを刺した。
 それ以降、行く手をさえぎるものはなくなった。心臓がどっくんどっくん言う。緊張と、覚悟と、そして少なからずある事を認識する、これは、恐怖。
 本当に、本当に、アポカリプスを倒せるの?
 疑問を抱いたまま、あたしたちは島の中心部へたどり着いた。

 アストラルが造った、アポカリプスを封じた世界へと続く門。その前に、黒髪のあのひとが立っていた。そのひとが、あたしたちが駆け込んで来た気配に気づいて、ゆったりと振り返る。
「ようこそ。よもやここまでたどり着くとは」
 フェルバーン、ううん、アポカリプスは、嫌味な歓迎の言葉を発して口元をにやりとつり上げた。レジェントがブリューナクを構える。セレンがグラディウスの刃を生み出す。リサがいつでも魔法を打ち出せるようにケーリュケイオンを握り直す。
 あたしはエターナリアを鞘から抜き、彼らの一歩前に進み出た。
「フェルバーンさん」
 最後の、一縷の望みを託して、悠然とたたずむそのひとに呼びかける。
「考えは変わらないの? 今からでも、アポカリプスを追い出して、一緒に倒す事は」
 答えは、ハッ! と乾いた笑声だった。
「今更依代に呼びかけても、無駄な事」
 アポカリプスは嘲笑を浮かべながら、己の胸に手を当てる。
「この身体は我がものだ。元のアストラルの魂など、取り憑いてすぐに」
 にたり、邪悪な笑みと共に、宣告が下された。
「食らってやった」
「無駄だ、カラン」
 唖然とするあたしの前に踏み出して、セレンが赤い瞳でアポカリプスを睨みつける。
「アポカリプスは宿主の魂を殺す。昔にも、野心に憑かれたアストラルたちが何人もアポカリプスを利用しようとしたけれど、自我を保てた奴なんていない」
「その通り」
 アポカリプスは陶酔したように両手を広げ、空を仰いで。
「我はアストラルすら超える存在として生み出された。神にも等しい我を、己より下に置こうなどという考えそのものが、不遜の極み」
「所詮造られた者が」
 レジェントが槍の穂先を油断無くアポカリプスに向ける。
「自分を神と同等などと言う事の方が、よほど傲慢だと思うが」
 図星を突かれて、ちょっと腹が立ったらしい。アポカリプスは苛立たしげに舌打ちした。けれど、すぐに余裕の笑みを取り戻すと、
「それよりも、いいのか?」
 あたしに視線を転じて、唇に指を当てる。
「お前に優しくし、くちづけまで与えたこの身に、刃を向けるのは」
 あたしはどきりとする。ハミルでの出会いが、ガゼルでの出来事が、一瞬にして脳裏を駆け巡る。だけどあたしはエターナリアをしっかりと握り直して、アポカリプスを見すえた。
「あなたが今言ったでしょう。フェルバーンの魂はもう無いって。あなたはフェルバーンじゃない」
 それに、フェルバーン自身があれは演技だったと宣言した。今更情に訴えかけてきても、あたしはだまされない。これ以上、揺るがない。
「あなたは、倒すべき相手だ」
 途端に。爆発みたいな激しい哄笑があたりに響き渡った。あまりにも突然で、大きすぎて、アポカリプスひとりが発したのだと気づくのに、ほんのちょっとだけ時間が必要だった。
「その心意気やよし!」
 腹を抱えてまで笑っていたアポカリプスが、ゆらりと顔を持ち上げる。
「ならば追ってくるがいい。我を倒す為に、世界の狭間、忘却の地へ!」
 高々とかざした手から、影が生み出された。それは巨大な体躯をもってあたしたちの頭上を飛び越え、背後にずしいいいん、と降り立つ。果てしなく竜獣に近い、だけど、決して純粋な竜族のように神聖なものではない、まがまがしい影だった。
「その影を倒せたならばな!」
 憎たらしいほど馬鹿みたいな高笑いを残し、アポカリプスは門を開き、闇の向こう側へと姿を消した。それと同時、影の竜が一声吼え、のっそりとした動きで、しかし油断をこちらに与えない殺気をこめて、あたしたちに目を向ける。
 こいつを倒さないと安心して先に進めないか。向き直ろうとしたあたしを制止したのは、レジェントだった。
「カラン、俺はさっき君に言ったな。アポカリプスを倒す事だけ考えろと。置いて来た仲間の事を考えるなと」
 覚悟を秘めた紫の瞳でしっかと竜を睨みすえたまま、彼は続ける。
「考えるな。我々の事も」
 考えるな? 我々? 疑問に思って振り向くと、リサがこちらを見つめていて、深くうなずいた。それで思考が結論にたどり着く。レジェントとリサはここでこの影と戦うつもりだ。二人で。あたしとセレンが、後顧の憂い無くアポカリプスの元へ行けるように、足止めをするつもりなんだ。
 そんな無茶な。抗議の声をあげようとしたあたしは、それより先にぐいと腕を引かれた。
「行くぞ、カラン」
 セレンは、固い表情で。
「レジェントも言ったろ。アポカリプスを倒せなければ、皆死ぬだけだ。皆の覚悟を無駄にすんな」
 叱咤されているうちに、レジェントとリサは、影との戦いに突入していた。繰り出される爪を避け、一撃を繰り出し、魔法を放つ。
 ここでぼうっと見ていても、彼らの邪魔になるだけだ。あたしは振り切るように顔をそらし、その目を、世界の狭間に繋がっている門に向けた。そして意を決して走り出す。
 アポカリプスが消えていった門は開かれっぱなしで、果てしない闇がその向こう側に広がっている。恐怖が無いと言えば、嘘になる。
 軽く震える手を、一回り大きい手がぎゅっと握りこんできた。セレンだ。
 不思議と震えが止まる。大丈夫、あたしは独りじゃない。その気持ちに、自分でもびっくりするくらい静かに心が凪いでゆく。
 右手にグラディウスを握ったセレンの左手と、左手にエターナリアを持ったあたしの右手を。しっかりと握り合って、地を蹴り、門の向こう側へと飛び込む。
 水の中を突き抜けるような息苦しい感覚があった後、唐突にそれが終わって。
 摂理の崩壊した世界が、眼界に広がった。