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 王都から、フォルティア国境ラプンデルへの道程は、5日程かかった。途中に休息を挟んだものの、延々と馬車に揺られっぱなしである。乗物酔いしやすい体質でなくて良かった、と未来は思った。
 修学旅行で沖縄へ行った時も、現地での移動は観光バスだったが、目的地に着けば、地図を片手に、自分の足で歩き回る事ができたし、自由時間には、国際通りをぶらぶらして、好きなように買物をする事もできた。しかし今回は、訳が違う。
「戦巫女様に危険が及ばぬように」
 と、そして、乗馬などした経験も無い未来が、一人で馬を操れない事実もあって、馬車に押し込められ、四六時中、警護の兵が張りついていたので、任務である彼らには申し訳無いが、心休まる暇が無い。
 だから、ラプンデルに着いて、馬車から降りられた時には、未来は解放感に包まれ―まあ、周りに護衛兵が居る事に変わりは無いが―、遠慮無く大きな伸びをした。
 ラプンデルは、平時には、三国からの旅人で賑わう、大きな町だと云う。断定ではなく伝聞なのは、ファルスディーンや未来らの主要人物は、着いてすぐさま、町長の屋敷の応接間に通され、実際に町を見て回る余裕が無かったからだ。
 力の無い戦巫女が同席する事に、未来自身は、疑念と遠慮を抱いたのだが、ファルスディーンは、
「戦巫女が居る事に、意義が有る」
 と、にこりともせずに答えた。
 フェーブル城内では、異端の王太子として敬遠されているファルスディーンも、王都から遠ざかれば、王族として、きちんと敬意を払われるらしい。町長は、ファルスディーンに恭しく頭を垂れ、騎士団の遠征に、深い感謝の意を述べた。
 町長の話によれば、魔物達は、町の東、ステア方面から攻めて来ると云う。既に二度襲撃があり、その日見張りについていた四人と、応戦した内の五人が命を落とした。
「その九名の、勇敢なる者達の御霊が、女神アリスタリアの元で安らぎを得る事を祈ろう。我々は、彼らの分まで、禍々しき力の眷属を打ち破り、ラプンデルの民に安寧をもたらす事を、約束する」
 隣に立つファルスディーンから、すらすらとそんな口上が出て来た事に、未来は思わず驚きを隠さずに彼を見やり、そういえば王太子だったと思い出す。礼儀作法に関しては、幼い頃から、未来より遙かに厳しく叩き込まれてきただろう。
「殿下のお心遣い、ありがたく存じます。死んでいった者達も、殿下の祈りに、心より感謝するでしょう」
 視線に気づいたファルスディーンが、怪訝そうな顔をしたので、また、前を向けなどと無言の圧力を放たれぬように、未来は慌てて、町長の方に向き直る。幸い、町長は深々と頭を下げていたので、未来の挙動を見られる事は無かったが。
 その後、ファルスディーンと町長が、騎士団と町の自警団、各々の配備について語り合うのを、未来一人がぽかんと横で聞いた後、応接間を出たところで、廊下に待機していたスティーヴが、
「ネーデブルグのサフィニア姫と、戦巫女様がご到着されました」
 と告げた。その途端。
「ファルスディーン様!」
 廊下の向こうから、甲高い歓喜の声が聞こえ、たたたっと、誰かが走って来る気配がする。反射的に未来が身を引くと、予想通り、駆け寄って来た小柄な少女は、最前まで未来が居た場所で床を蹴って、ファルスディーンにがばりと飛びついた。
「す、すまない、どなたか……?」
 よろけつつも少女を受け止めたファルスディーンが、珍しく狼狽えた様子を見せながら、相手と距離を置こうとする。が、少女は、ファルスディーンの背にしっかと手を回したまま、茶色の巻髪を揺らし、灰色の瞳で、熱っぽく彼を見上げた。
「ネーデブルグのサフィニアでございます。お会いしとうございました」
「サフィニア姫?」
 ファルスディーンの紫の瞳が、不自然に泳ぐ。
「いや、しかしサフィニアは、もっと幼い……」
「それは、2年前の舞踏会の折、共に踊った姿にございましょう。サフィニアは、14になりました。ネーデブルグでは15の女は成人。もう、大人を目前にしております」
 14歳にしては、とても小柄な体格と、幼さを残す顔立ちが、年齢より下に見せる。そして何より、一国の姫ならば、否、大人の女性たれば、廊下を走って来た挙句、異性に遠慮無く抱き着いたりはしないだろう。
 サフィニアのそんな態度と、突き放さず、おろおろするばかりなファルスディーンの反応に、何故か苛立ちを覚えて、未来が二人から視線を外すと、サフィニアの後からやって来た人物に、気づく。
 黒い長剣を腰に帯びた、茶髪黒瞳の、明らかに日本人とわかる、未来より少しばかり年上だろう女性だった。きっと彼女が、ネーデブルグの戦巫女だと、未来は直感する。彼女は、サフィニアをどこか呆れた様子で見やり、それから、未来と目が合うと、にっこり笑って、軽く手を振った。
「サフィニア様、ネーデブルグからの長旅で、お疲れでしょう。すぐにお部屋をご用意しますので、おくつろぎください」
 恐らくファルスディーンから離す意図で、スティーヴがサフィニアに恭しく告げたのだが、どうやら彼女には通じなかったらしい。ぽんと手を打って、笑顔になる。
「そうですわね、このような場所で立ちっぱなしも何ですし。お部屋でゆっくりお話ししましょう、ファルスディーン様」
「い、いや俺は、騎士団の指揮を……」
 ファルスディーンはずるずるとサフィニアに引きずられてゆく。自分に対する時のように、そっけなく、ずばりと切り捨てれば良いものを、その態度の違いは何なのか。未来が憮然としていると、スティーヴと顔を見合わせてしまう。彼は困ったような微笑を浮かべて肩をすくめ、それから、騎士の顔つきに戻ると、未来と、ネーデブルグの戦巫女に一礼して、ファルスディーンとサフィニアの後を追った。
「戦巫女様がたも。お部屋にご案内いたします」
 未来達にも、フォルティア兵がそれぞれやって来る。が。
「ああ、じゃあ、彼女もあたしの部屋に案内してあげて。話したい事があるからさ」
 ネーデブルグの戦巫女は、さばさばした口調で、兵に告げる。話とは何だろうか。やはり彼女にも、力も無い戦巫女がしゃしゃり出るなとでも、絡まれるのだろうか。
「そんなにビクビクしないでよ。別に取って食おうってんじゃ、ないんだからさ」
 未来が及び腰になっていると、それに気づいた女性は、安心させるように笑んで、言うのだった。
「自分一人異邦人、な世界で、同郷の子に会えたんだもの。お喋りにくらい、付き合ってよ」
 そういう事か。警戒心の塊になっていた未来は、気恥ずかしくて、耳まで赤くなった。

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