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 通された客間には、既にメイドが一人待機していて、戦巫女達がソファに向かい合わせで座るのを見計らって、てきぱきと、テーブルに、茶と焼菓子を出し始めた。
「あたし、瀬戸口芙美香せとぐちふみか。くさかんむりの芙に、美しい香りって、ご大層な字を書くの」
 ネーデブルグの戦巫女は、朗らかに自己紹介をする。
「あなたは?」
「あ、私、未来、矢田未来です」
「みくちゃん。どんな字? 美しく久しい?」
「いえ、みらいって書いて、みくと読むんです」
 未来は指で、「未来」の漢字を宙に書く。
「へえ〜、親御さんのセンス、面白いね。あたしなんか、苗字三文字なのに、名前まで三文字だよ。ゴテゴテだよ」
 芙美香はからからと笑い、メイドに、「ありがと、もういいよ」と告げて下がらせると、出された紅茶に口をつけながら、語り始めた。
「あたし、出身は四国なんだけどさ、どうしても都会で一人暮らしをしてみたくって、受験を機に、上京して来ちゃった」
「芙美香さんは大学生ですか?」
「そ。ピッカピカの1年生」
 でも、早生まれだからまだ18歳、と芙美香は白い歯を見せる。
「未来ちゃんは? 見たところ、高校生みたいだけど」
「はい、2年です」
「うっわ、じゃあこれから、一番キツくなる時だ」
 昨年自分が経験した受験戦争の過酷さを思い出してか、芙美香はおおげさに仰け反ってみせる。くすりと笑って、それから未来は、思い出す所があって、彼女に訊いてみた。
「あの、そういえば、芙美香さんも、この世界に来る時、光の奔流に呑まれましたか」
「え、光?」
 芙美香は、背と顔を思い切り反らした体勢から元に戻ると、不思議そうな表情を見せる。
「いや、あたしは、月曜1限に居眠りしてて、気がついたら、あのサフィニアが目の前に居たの」
 召喚のされ方は、国によって違うのか、戦巫女によって異なるのか。未来が考え込むと、芙美香が答えを寄越してくれた。
「あたし達の世界と、こっちの世界を越える時の越え方は、あたしが聞いた限りじゃ、人によってまちまちみたいだよ。海に潜ったらこっち側に来ちゃったとか、マンホールに落ちて気がついたらとか。未来ちゃんは、その、光に呑まれて?」
 未来は頷き、答える。
「弟の利久と一緒に、光に巻き込まれたんです」
「……その弟くんは?」
 芙美香の問いに、未来は今度は首を横に振った。
「そう、じゃあ心配だね」
 手にしたクッキーをぱりん、とかじり、紅茶を一口すすって、芙美香は続ける。
「でも、今のこの世界の状況じゃ、気軽に探しに行くのも出来ないし。なるようになるしか無い、って部分あるよね」
「芙美香さんは恐くないですか。突然、戦巫女だとか言われて、戦いに駆り出されて」
 未来が問いかけると、芙美香は、うーんと首をひねった後、微かに笑んでみせる。
「そりゃ、最初は困ったよ。戦巫女様、戦巫女様って祭り上げられるし、国王には、早く力に目覚めろって、ネチネチ嫌味言われ続けるし。でも」
 それから、腰の黒い長剣を、ひとつ、ばしんと叩く。
「この子が出て来て、戦い方がわかってからは、もうそれこそ、なるようにしかならない、やるっきゃない、って、開き直ったね」
 芙美香は度胸がすわっている。己の身に起きた事象を受け止め、戦巫女の任を果たそうと云う、意志を感じる。自分とふたつも違わないのに、この差は何だろう。未来がうつむくと。
「あー、そうやって、下向かないの!」
 芙美香が身を乗り出して、こちらの顔を覗き込んできた。
「未来ちゃん、折角可愛いのに、困った顔して下向いたら、台無しだよ。それに」
 彼女の手が、未来の髪に触れた。きちんと高校の校則を守って、一本の三つ編みに編み込まれた、髪に。
「学校じゃないんだから、こんなご丁寧に結んでなくていいじゃん。ほどいてみなよ。その方が、きっと、ずっといいよ」
「え、でも……」
「あー、未来ちゃんて、もしかしなくても、優等生でしょ?」
 芙美香はからかうようにころころ笑って、未来の手を引いて、半ば強引に鏡台の前に連れて行き、座らせる。
「いいのいいの、異世界でくらい、向こうの嫌な事忘れて、いつもと違う自分になってみなって」
 ヘアゴムが外され、櫛でとかされると、緩いウェーブを描く未来の髪が、肩に流れた。いつもと同じ、黒髪に、「向こうの嫌な事」の大半の原因を担っていたはずの金の瞳が、何だか異なって見える。
 そういえば、と未来は今更ながら思い出した。
「芙美香さんは、気持ち悪いとか思わないんですか、私の瞳を」
 鏡の中の己と向き合いながら問うと、鏡に映った芙美香が、首を傾げた。が、しばし未来を見つめた後、ああ、と声を洩らす。
「人のコンプレックスだろう事柄にずけずけ踏み込む程、あたしは無神経じゃないし、子供でもないつもり。でも、綺麗な色だと思うよ、お世辞抜きでね」
「優しいんですね」
「調子いいだけだって、家族や友達には言われる」
 芙美香は自嘲し、それから、気を取り直すと、ばしんと未来の両肩を叩いた。
「はい、ほら、可愛くなった!」
 彼女の笑顔につられて、未来も思わず笑みをこぼし、それから、振り返って見上げる。
「なんだか、芙美香さんって、私のお姉さんみたいです。さっき初めて会ったとは思えない」
「本当?」
 未来の言葉に、芙美香が、喜々として返した。
「あたしも、妹居ないから、妹が出来たみたいで、嬉しいな。姉さんにはいつも、あんたは本当に我儘で頼り無くて、妹属性だって、馬鹿にされるしさ」
「そんな事無いです。芙美香さんは、とてもしっかりしています」
「うはあ、嬉しい事言ってくれちゃうなあ、未来ちゃんたら!」
 芙美香は心底喜んで、未来の頭をがばりと抱くと、ぐりぐり撫で回す。すっかり打ち解けあった二人はその後、お茶の続きを楽しみながら、好きなアイドルやテレビ番組、学校で流行っているものについて、語り合った。
 そして会話が一通り盛り上がって、程良く喋り疲れてきた頃、部屋の扉を叩く者が居た。芙美香が応えると、顔を出したのは、赤い髪に紫の瞳。
「すまない、芙美香殿。うちの戦巫女を知らぬか。部屋に居ないから、訊ねたら、貴女の所に居ると聞いたのだが」
 ファルスディーンは、何故か未来に気づかず、きょろきょろと室内を見回している。芙美香が未来を示すと、彼はしばらく、怪訝そうに眉根を寄せて未来を見つめていたのだが、やがて、ぽつりと。
「……戦巫女?」
 言われて初めて、未来は、自分が先程までとは違い、髪を下ろしている事を思い出した。
 しかし、髪型ひとつでわからなくなる程、男性とは、鈍いものなのだろうか。訝しんでいる間に、ファルスディーンは未来の元にやって来て、言った。
「今夜あたり、また魔物の襲撃があるだろうと、予測が出た」
 未来が緊張するのを見届けて、ファルスディーンは続ける。
「我々騎士団と、町の自警団が、町の外で迎え討つ」
「あの、私は?」
「お前は町の中に居ろ」
 未来の問いに、王太子は即答した。
「サフィニアと共に、怪我人の手当てにあたれ。それくらいは、出来るだろう」
 怪我人、病人の応急手当は、保健の授業で習った事がある。クラスメイトの誰もが面倒臭がってやらないから、仕方無く未来が手を挙げて、人形に、人工呼吸と心臓マッサージを施したのだ。知識は有る。後は、いかに血を見て動揺しないかだ。
 こわごわながらも未来が頷くと、ファルスディーンも一応は納得したようだった。
「決して、前線には出て来るなよ」
 やや強い調子で言い含めて、ファルスディーンは部屋を出てゆく。その時、何か違和感を覚えて、未来はしばらく考えた。が、思い当たるより先に、芙美香が、疑問を口にする。
「あの王子様、何で、左手で扉開けてったんだろうね」
 右側に開く扉を、わざわざ、利き手でもない左手で開けて、出て行ったのだ。そこで未来は気づく。
 もしかしたら彼は、最初にフォルティアに来た日、自分をかばって負った右腕の傷が、まだ、癒えていないのでは、ないだろうか、と。

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