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 ラプンデルを襲った魔物は、大半が倒され、わずかな残党も、夜が明ける頃には、逃げ出すか、討ち取られるかして、町は、無事に朝を迎える事が出来た。
 今回の戦闘で、死者は無く、続出した怪我人も、簡単な手当で済む軽傷者以外は皆、サフィニアの回復魔法と、未来の戦巫女としての力により、癒された。
 言葉を放って力を行使する、それ自体に、負担はほとんど無い。しかし、怪我人の間を走り回れば、体力的な疲労は蓄積される。生まれて初めて、眠らずに夜を明かすという行為をした未来は、重傷者が居なくなった事を確認すると、多少ふらふらしつつ、町長の屋敷に戻った。
「おっ、お疲れ。今日最大の功労者」
 町長の部屋に案内されると、そこには、町長の他に芙美香とファルスディーンが居て、未来の姿をみとめるなり、芙美香は親指を突き立てて片目をつむってみせる。
 町長と話し込んでいたファルスディーンからは、特に何も無く流されるかと思ったが、全くその通りで、一度こちらにちらりと視線を送った後は、再び、町長との話に没頭した。
 別に、厚い労いを期待した訳ではないが、覚醒した自国の戦巫女に、かける言葉のひとつくらい、有っても良いのではないか。未来がむくれかけた時。
「これは戦巫女様、大変お疲れ様でした」
 扉を開けて、スティーヴが入って来た。口調が改まっているのは、ファルスディーン達の手前だろう。それが証拠に、
「良く頑張ったね、未来ちゃん」
 と、小さく耳打ちしていったのだから。思わず、心臓が高鳴り、頬が紅潮するのを、未来は抑えられなかった。
 しかし、その後に交わされた、彼と王太子の会話に、動悸の理由は、別のものに取って代わられた。
「戦巫女様を狙った刺客が、吐きました」
 スティーヴは淡々と報告する。
「やはりステアに内通しておりました。ラプンデルを陥落させれば、ステアでの高官の地位を約束されていたそうです。戦巫女様のお命まで狙ったのは、独断のようですが」
「処断しろ」
 初めから答えを用意していたかのように、強く、短く、ファルスディーンは言い切った。未来は、一瞬、言葉の意味をわかりかねたのだが、理解した途端、顔色を変えて、声を荒げた。
「ち、ちょっと待って。処断って……殺しちゃうの!?」
「戦巫女を狙った。それだけで、許されざる罪だ」
 当然とばかりに、ファルスディーンは即座に返す。
「でも、私は無事だったし、町の誰も死ななかった。許してあげて」
 たとえ間諜―敵―だったとしても、無駄に命を失わせたくはない。未来は食い下がったが。
「今回はな。だが、それ以前の襲撃で、九人が死んでいる」
 紫の瞳が、鋭く見下ろして来て、続ける言葉を失う。
「……それでも」
 思わず目をそらしたが、未来は必死に、言うべき事を模索し、口を開いた。
「生きて償ってこそ、って事も有ると思うの」
「甘い。今見逃せば、また同じ事を繰り返す可能性が有る」
 ファルスディーンはあくまで冷酷だったが、未来は、今度は怯まず、彼の顔をまっすぐ見つめ、告げた。
「その時は、貴方の好きなようにしていい。だから今回は、許してあげて」
 こんなにも強く言い返すとは思っていなかったのか。ファルスディーンはわずかに、驚きに目をみはる。
「フォルティアの王族は、フォルティアの戦巫女に従う。……お前の言葉を聞こう」
「戦巫女様の寛大なお心に、感服いたしました」
 ファルスディーンが、溜息をつきながらも承諾し、町長も、深々と頭を下げる。
 安堵すると、それまで張りつめていた緊張がとけ、未来は膝から崩れ落ちた。
「おい!」
 慌てながらも、ファルスディーンが抱き留めた。今度は、傷の癒えた右腕で。疲労が一気に訪れたらしい。抗えない眠気が、未来を襲う。
「まったく、頼り無いと思えば、いきなり力に目覚めて、強情な面も見せる」
 完全に意識が飛ぶ直前、ファルスディーンの声が、耳に届いた。
「俺には真似出来ない」
 その声色は、呆れ半分だったが、もう半分には、感嘆も、込められていたかもしれない。

 次に気づいた時、未来は、自分の為に用意された客室のベッドの中だった。フェーブル城のように、無駄に大きい天蓋つきではないが、柔らかい布団と、よく洗濯されたシーツに残る、洗剤の残り香が、鼻をくすぐる。
 大分眠っていたらしい。全身にたまっていた倦怠感はとれて、頭もすっきりしている。身を起こして、窓の外を見やると、屋敷に戻る時には昇り始めていたはずの太陽が、既に沈みかけていた。半日近く、眠っていた事になる。
 とりあえず、いきなり倒れた事を、皆に詫びなければ。ベッドから出て、靴を履きかけた時、テーブルの上に置かれた物が視界の端に入って、未来はそちらに顔を向けた。
 近づいてみると、それは、白い封筒だった。中世の海外を舞台にしたドラマでたまに見るように、判を捺された蝋で、封印がしてある。
 ぺりぺりと封をはがすと、中からは、やはり封筒同様飾り気の無い、白い便箋が数枚、出て来た。そこに、決して達筆とは言えない、力強い筆で、文字が並んでいる。記名がしていなくとも、その字体から、これを書いた人物が想像できた。
「ファルスディーン王子……?」
 書かれた文字はヴィルム語であったが、戦巫女の力で、難無く読めた。が、文章はまるで詩のように散文然としていて、いまいち要領を得ない。
「やっほー、未来ちゃん。起きた?」
 そこにたまたま、様子をうかがいに来た芙美香が顔を出したので、未来は彼女に、その手紙を見せた。芙美香は眉をひそめながらそれを読んでいたが、やがて意を得たとばかりに笑みを顔に満たして、手紙を未来に返しつつ、一言。
「ふみかだよ」
「芙美香さん?」
「違う違う、文歌」
 首を傾げる未来に、彼女は説明した。何でも、主に想い人に送る、この世界特有の文化らしい。
「文章にしないと、感謝の気持ちを素直に伝えられないなんて、かわいい王子様じゃん」
 芙美香にそうからかわれ、未来は赤くなったが、すぐに頭は、そんなはずが無いと、冷静になる。
 ファルスディーンなりの、ただの詫びだろう。想い人な訳が無い。
 フォルティアに召喚された日、あれだけ、失望に満ちた目で、自分を見たのだ。そうすぐに、評価が変わるはずが、無いと。

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