2章:侵攻―しんこう―

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 ネーデブルグは、緑豊かな地であった。
 フォルティアも、未だ四季を見届けた訳では無いが、馬車から見渡す街道には、秋の色とりどりな花が咲き乱れ、ともすれば荒みがちな、戦いの旅の道中の心を、なごませてくれた。しかし、今眼前に広がる光景は、未来みくが今まで見て来たどんな自然の風景の中でも、最も美しい姿を、見せつけている。
 何処までも続くかのように広がる、金色の穂実った畑。幼い頃、家族で高原へ旅行に行った事はあるが、これほどまでではなかった。きっと、ここに暮らす人々の心も美しいのだろうと、未来は思う。
 ラプンデルの魔物襲撃事件が収まった後、ファルスディーンは、兵を率いて、忙しなく国内の魔物退治に明け暮れた。きっと、味方の少ない城に居て窮屈な思いをするよりは、外で剣を振るっていた方が、気が晴れるのだろう。
「戦いが怖いなら、城に居ていい」
 相変わらず偉そうに腕組みなどをしたまま、王太子は告げたが、未来は彼と共に各地を巡る事に決めた。
 それこそ、自分が城に居ても仕方が無い。スティーヴはファルスディーンと共に旅立つし、芙美香は己の属する国に帰ってしまった。近しい者が一人も居ない城に、ぽつんと居ても仕方無い。
 それに未来は戦巫女だ。戦巫女の本分は、国の為に戦う事だ。それが、戦に赴きもせずに、城でだらだらと暮らしていては、城内の誰もが、扱いを持て余すに違い無い。
 だから未来は、ファルスディーンと共に、戦いに身を投じた。恐怖が無くなった訳ではない。魔物が、鋭い牙をむき、自分目がけて飛びかかって来る度に、ひきつれた叫びをあげそうになる。
 しかし、未来はそれを堪え、悲鳴の代わりに、力有る言葉を発した。銀色の光は、時に剣となり、炎となり、楯となって、敵を斬り、燃やし、時に彼らの攻撃から、未来を、ファルスディーンを、周囲の兵士達を守った。
 戦う時も、決して一人では無かった。スティーヴが、フォルティアの兵が、未来を守ってくれる。その筆頭が、ファルスディーンである事に気づくのに、時間は要らなかった。
 明確に言葉にする事は無い。しかし明らかに、戦闘力は高いが、戦慣れなどしていない未来の、隙を埋め、背後を敵に取られないようにし、死角を守る。それが、この無愛想な王太子の精一杯の気遣いなのだと、未来は理解した。どうせ、そっけなくかわされる気がするので、言葉で感謝を示す事は、しなかったが。
 そうして、少しずつ戦に慣れていき、己の戦巫女としての能力にも馴染んで来た頃、ネーデブルグの国王から、ファルスディーンの元に、助力を求める親書が届いたのである。
 ネーデブルグは、共にステアに立ち向かう、親交深い国である。ファルスディーンは即座に、ネーデブルグへの遠征を決断した。

 ネーデブルグ王都アイゼンハースは、それまでの道中の自然が嘘のように硬質な、ひとつの堅牢な要塞に見えた。きっちりと区画整理され、曲面と云うものを一切排除した建築方法で組まれた建造物が整然と並び、王城までの大通りが続いている。中学生の時に行った京都も、碁盤の目と称される通り、計算し尽くされた道路の作りになっていた(しかし現代では、その作りが裏目に出て、交通渋滞の原因になっているとも聞く)が、アイゼンハースは、さらに上を行っているような気がした。
 大通りを抜け、城の前へ着くと、最早乗り慣れた馬車から降りる。と。
「未来ちゃーん、久しぶり!」
 明るい声が耳に届いて、そちらを見やる。瀬戸口芙美香せとぐちふみかは、出会った時と変わらない、陽気な笑顔で、手を振りながらやって来た。
「おっ、髪型変えたんだ。可愛い可愛い」
 芙美香の指摘した通り、未来の髪は、また別の形を取っていた。ラプンデルの時のように、流しっぱなしでは、動き回るのに邪魔になるので、ツインテールにしたのだ。
「芙美香さんこそ、元気そうで」
「まあ、あたしは、元気だけが取柄だからね」
 未来が笑みを返すと、芙美香はぱしん、と己の胸を叩く。それから、急に口元を引き締め周囲を見渡し、他人がこちらの話を意識して聞いていない事を確認すると、未来の頭を抱え込んで、耳打ちした。
「あのね。これからこの国の王様に会うだろうけど、気をつけた方がいいよ」
「え?」
 意味をはかりかねて、未来が小首を傾げると、芙美香は、はあ、と溜息をつく。
「あのサフィニア以上に、クセのある人だから」
 芙美香にそこまで言わせるとは、どれほど偏屈な人物なのか。未来は不安にならざるを得なかった。

「ファルスディーン様!」
 ファルスディーンと、彼に付き従うスティーヴと共に、謁見の間に入ると、早速、サフィニアの甲高い声が耳をついた。実年齢より遙かに幼く見える姫は、スカートをつまみあげ、たかたかと靴音を響かせて、ファルスディーンの元に駆け寄って来る。
「またお会いできて、嬉しゅうございますわ!」
 流石に今回は、いきなり飛びつく事はしなかったが、相変わらず熱っぽい目で、ファルスディーンを見上げる。
「各地を転戦されていると聞いて、お怪我をされていないか、ご無事だろうかと、サフィニアは毎日心配しておりましたのよ」
「い、いや、大事は無い。平気だ」
 何と無くサフィニアに気圧されながら、ファルスディーンは視線を彷徨わせ、一点ではっと止まると、咄嗟に膝をついた。それを追い、未来も慌てて居ずまいを正す。
「お久し振りでございます、カーレオン陛下」
 視線の先、玉座に居たのは、柔らかい金髪に、サフィニアと同じ灰色の瞳をした青年だった。ファルスディーンも「陛下」と呼んだ事から、彼こそが、ネーデブルグの国王なのだろう。王と云うからには、フォルカと同年代の男性を想定していたので、未来はその意外性に、驚いてしまう。
「立ってくれないか、ファルスディーン王太子。呼び立てたのはこちらだ、ひざまづかれるいわれは無いさ」
 ネーデブルグ王は、わざわざ玉座から降りて来て、ファルスディーンの肩を叩いてまで、彼を立たせた。
「サフィニアは本当に、君の身を案じて、毎夜のように、女神アリスタリアに祈りを捧げていたのだよ」
「お兄様」
 カーレオンの言葉に、サフィニアは気恥ずかしそうに頬を赤らめる。それを穏やかな笑みで見やって、国王はそれから、未来に向き直った。
「君の噂はかねがね聞いている。お会いできて光栄だよ、フォルティアの戦巫女殿」
 未来の手を取り、恭しく口づけて、国王は名乗った。
「ネーデブルグ国王、カーレオン・フォン・ネーデブルグ。サフィニアの兄だ」
「あ、私、矢田未来です」
「未来。とても美しい名前だね」
 異性にそんな事を言われたのは初めてだ。灰色の瞳で優しく見つめられると、ぽうっと頬が熱くなる。
「はは、照れた顔も愛らしい」
 芙美香は、癖のある人物だと言っていたが、確かに、恥ずかしい台詞をさらりと吐きはするものの、好青年ではないか。妙にどぎまぎしてしまって、カーレオンから顔を逸らすと、ファルスディーンが、何故か複雑な表情でこちらを見ていた。が、彼はすぐにそれを打ち消すと、カーレオンに向き直り、訊ねるのだった。
「時に陛下、我らの力を必要とする事態とは」
「おおそうだ、その為に君達を呼んだのだったな」
 カーレオンは、何故か未来の手を離さず、両手で包み込み、軽く撫でながら、続ける。
「先日、ステアの一軍が攻め込んで来た折だ。撃退する事は出来たのだが、彼奴等め、我らがネーデブルグの神聖な遺跡に、凶悪な魔物を置いて行ったのだ。退治の為に幾度か兵を送ったが、全く歯が立たず、撤退を余儀無くされている」
「それを、我々が倒せば、よろしいのですね」
 ファルスディーンの紫の瞳が、緊張を帯びて細まった。
「国内の事情を、君達に押しつけるのも恥ずかしい話だが、最早手に負えなくてな。我が国の戦巫女殿に任せる手もあったのだが、彼女一人では、流石に危険だ。だが、もう一人、戦巫女殿が居てくれれば、不可能な話でも無くなるだろう」
 カーレオンは、まるで他人事のように流暢に語り、ファルスディーンではなく、未来の顔を覗き込む。
「受けていただけるかな?」
 未来は戸惑い、助言を求めてファルスディーンを見た。
「俺は当然行く。お前はお前自身で決めろ。フォルティア王族は、フォルティアの戦巫女の意志を、無下にはしない」
 ファルスディーンの口調は相変わらずそっけなかったが、これが彼なりの気の遣い方なのだろうと云う事が、いい加減未来にもわかってきた。なので未来は、金色の瞳に決意を宿して、はっきりと宣言する。
「私も行くよ」
 それから、カーレオンを見つめ返し、告げる。
「行きます」
「そうか、受けてくれるか!」
 カーレオンは、その端正な顔に喜色を満たして感謝を示すと、いきなり、がばりと未来を抱き締めた。男性に抱擁された経験など、有るはずが無い未来は、完全に固まってしまう。ファルスディーンは、驚きを隠せない表情でこちらを見ている。後ろに控えていたスティーヴが、流石に何か言わんとしかけた所で、
「おお、これはすまない!」
 カーレオンが、今気づいたとばかりに、腕を解いた。
「女性相手に、唐突過ぎた。許してもらえるかな」
「い、いえ……はい、大丈夫です、平気です」
 サフィニアといい、この王といい、ネーデブルグ王家は、大胆な家系なのだろうか。カーレオンが離れても、未来の心臓は、まだばくばくと言っている。
「遺跡には、我が王家の秘剣も眠っている。魔物を倒せたら、それも持ち帰って来て欲しい。今後の、ステアとの戦に欠かせなくなるだろう」
「承知いたしました」
 先程の動揺を既に抑えて、ファルスディーンはカーレオンに深々と頭を下げる。ネーデブルグ王は満足げに頷き、
「よろしく頼むよ、未来」
 と、再度未来の手を取り、両手でしっかと包み込むのだった。

 ファルスディーン達が辞し、サフィニアや家臣達も退出した謁見の間で、カーレオンは一人、玉座にかけていた。顎に手をやって、何か深い考えに耽っているようにも見えた、その口元に、やがて、歪んだ笑みが浮かび、くつくつと、嫌な笑いが洩れる。
「見ろ、フォルティアの戦巫女は、既に我が意志の内」
 誰にでも無く、カーレオンは洩らした。
 歴代の戦巫女の中でも、言葉ひとつでらあらゆる事象を発して戦える者など居なかった。その最強の戦巫女を、自分のものに出来たら、ネーデブルグの国威は、大いに高まるだろう。既に意識させる事には成功したと、カーレオンは自負している。
 ファルスディーンの扱いも、簡単だ。サフィニアは奴を慕っている。妾腹の、ネーデブルグ王家特有の金髪も持たない卑しい娘を、表向き妹と慈しんできたのも、ファルスディーンに嫁がせれば良いと思っているからだ。ネーデブルグの血を引く子供が、未来のフォルティア王なら、外戚として権威を持てる。
 後は、ステアを落とし、戦を終わらせた英雄となれば、自分はこの大陸全土の覇者として、君臨する事が出来るのだ。
 その為には、利用できるものは全て利用する。世界は、カーレオン・フォン・ネーデブルグの為に動くのだ……。
 そんな野心が、分不相応である事をこの男が思い知るには、まだ時が至っていない。

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