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 アイゼンハースの城門前には、二頭の馬が待っていた。未来は思わず立ち尽くし、馬上から見下ろしている人物を、じっと見返してしまう。
「何をぼうっとしている。早く乗れ」
 ファルスディーンは、声に軽い苛立ちを含めて、未来に告げた。
 今度は、今までのような大軍での移動ではない。未来と、ファルスディーンと、スティーヴと芙美香。最低限の人数で向かうのだ。馬車は使わない。となると、必然的に、移動手段は乗馬になる。だが、未来と芙美香は単独で馬を操れない。やはり必然的に、誰かとの相乗りになる。
「よろしく頼むね」
「戦巫女様をお乗せ出来るとは、光栄ですよ」
 芙美香はさっさと、スティーヴの後ろに席を取ってしまった。またまた必然的に、未来は、ファルスディーンとの同乗になってしまう。
 このまま突っ立っていても、彼を更に苛立たせるだけだ。未来は腹をくくって、馬具に手をかけた。途端に、力強い腕が、ぐいと、しかし決して乱暴にでは無く、馬の背に引き上げてくれる。
「きちんとつかまっていろ。振り落とされるぞ」
 言われたので、気恥ずかしさに一瞬戸惑った後、ファルスディーンの腰に手を回す。馬が歩き出し、馬車とはまた異なる揺れが、未来の身体に響いた。
 馬の歩調は段々と速くなり、やがて、駆け足に変わる。本当に振り落とされないように、未来はしっかりとファルスディーンにしがみついた。
 ファルスディーンは、そんなに大柄では無い。上背のあるスティーヴに比べたら、まだまだ成長の余地があるのか、未来より少し大きい程度だ。しかしその背は、見た目以上にがっしりとしていて、頼もしさすら感じる。
 そんな背中に頭を預けながら、未来は、出立前の、サフィニアとのやり取りを、思い返していた。
『フォルティアの戦巫女様は、ファルスディーン様と共に、各地で戦っておられたそうですね』
 突然未来を呼び止め、心無しか少々むくれて、ネーデブルグの姫は言った。それが嫉妬とわかったのは、続けられた台詞からだ。
『ファルスディーン様の事が、お好きですか?』
 そう問われて、未来の心臓は、どきんと跳ねた。
『まさか』
『良かった』
 鼓動の理由もわからず、慌てて両手を横に振ると、サフィニアは心底ほっとした様子で息をつき、得意そうな笑みを浮かべる。
『取らないでくださいませね』
 唐突に言われ、未来は呆気に取られた。
『ファルスディーン様の后には、サフィニアがなりますゆえ』
 何故そんな事を言われなければならないのか。第一、取るも何も、ファルスディーンは物では無い。誰と結ばれるか、誰を選ぶかなど、本人の意志次第ではないのか。憮然となったが、しかし同時に、胸の何処かに、もやもやした気持ちを抱える自分が居た。
 取るな。
 そう言われた事は、過去にもある。小学5年生の冬だ。
 クラスでそこそこ、人気のある男子が居た。その当時から、金の瞳を原因に、クラスメイトに敬遠されていた未来にも、彼は偏見無く、優しく接してくれた。恐らくあれが、初恋だったのだろう。
 だが、淡い気持ちも、踏みにじられた。勇気を出して、バレンタインチョコを渡した。それが、他の女子の気に食わなかったらしい。真冬のプールに呼び出され、
『人間じゃないくせに、取らないでよ!』
 と罵られ、水中に突き落とされた。後を追って来た利久りくが飛び込んで助けてくれなかったら、溺死か凍死をしていたに違い無い。その後、未来は自分からその男子を避け、離れていったのだ。
 つられて思い出してしまった過去の暗い記憶に、一人鬱屈した気持ちになり、それから、そういえば、と考える。
 利久は、どうしているだろう。戦巫女としての務めをまっとうするのに必死で、忘れかけていたが、共に光の奔流に呑まれた弟も、この世界の何処かに流れ着いている可能性が高い。
 元気だろうか。自分より、度胸も適応力もある子だから、困っている姿は想像出来ないのだが、自分を探して、心配しているのは、きっと間違い無い。
 ステアとの戦に決着がついたら。否、もっと早く。この遠征が終わって、少しでも落ち着いたら。弟の事をファルスディーンに話して、探す時間をもらおう。
 馬に揺られながら、未来は決意し、一人、頷いた。

 件の遺跡は、アイゼンハースからそう離れていない位置に在った。それでも、馬で数時間、と云う距離ではあったが。
 代々のネーデブルグ王族の墓でもあると云うその遺跡に近づくと、十数人、否、数十人単位での、白い甲胄姿が、一同の目に入った。白はネーデブルグ騎士団の色だ。
「何やってんの?」
 スティーヴの背後から、芙美香が声をかけると、彼らの中の、隊長格らしき一人が、胡散臭そうにこちらを見やった後、芙美香の顔に見覚えがあったらしく、
「これは戦巫女様! ファルスディーン殿下も」
 慌てて表情を繕って、敬礼する。
「我々は、戦巫女様がたを補佐するように、陛下の命を受け、こちらでお待ちしておりました」
「補佐?」
 途端にファルスディーンが眉をひそめる。
「そのような話は、カーレオン陛下から一言も聞かなかった」
「まあ、聞こえは良いけれど、要するに、あの王様に信用されてなかったって事よね、あたし達」
 芙美香が、兵達に聞こえよがしに呟いて、長い溜息をつく。
「いえ、決してそのような……」
 隊長の男は慌てて否定したが、それが真実なのだろう。未来もようやく、カーレオンが癖のある人物だと告げた芙美香の言葉の意味の片鱗を、理解出来た気がした。
「とにかく」
 いつも以上に不機嫌な表情を見せて、ファルスディーンは馬から降りた。
「遺跡には、俺達が先行する。君達は、後から来れば良い」
 彼も、カーレオンに信頼されなかった事が、癪に障ったようだ。馬から降りる為の手を、未来に差し出しながら、ネーデブルグの隊長に告げる。
「かしこまりました」
 隊長は、恭しく頭を下げる。補佐などと言っていた割には、最初から、後をついて来るつもりだったのでは無いか、と云う予感が、未来の脳裏に浮かんだ。

 遠征隊の隊長から、地図を預かって、未来達四人は、遺跡の中へ踏み込んだ。ファルスディーンを先頭に、未来、芙美香を間に挟み、スティーヴが殿を務める形で進む。
 遺跡は、アイゼンハースと同じく、直線的な建築法で編まれた、柔らかみの一切無い道が続いてゆく。
「カーレオン陛下が仰っていた、この遺跡に眠る秘剣について、芙美香殿は何かご存じか」
 前方に気を配って、振り返らないままファルスディーンが訊ねると、芙美香は、ああ、と答えた。
「なんかサフィニアから聞いた事あるよ。『グランシャリオ』って言ってね、800年くらい前、当時のネーデブルグ王に嫁いだ戦巫女が、彼の為に、自分の瞬間転移の力を、剣に込めたんだって」
「シャノン・ニーベル妃の伝説ですね。真実だったとは」
 スティーヴが呟き、
「異世界の人と結婚する決意を出来るほどの愛情って、すごいね」
「その剣があれば、瞬間転移が使える訳か。確かに、ステアとの戦に有利になるな」
 未来とファルスディーンは、方向性の全く異なる意見を述べて、ファルスディーンが、呆れた表情で未来を振り返る。
「お前、こんな時に、よくもそんな呑気な感想が出て来るな」
「何よ、結婚は女の子皆の夢なのよ。私だって、憧れぐらい持ったって、いいじゃない」
「そうじゃなくて、時と場所と云うものをだな」
 たちまち言い合いを始めてしまった二人を、残り二人が、笑いを洩らしながら見守る。
「何だかんだで、仲良いんじゃないの、あの二人」
「ファルがああ強気なので、初めは一体どうなるかと思いましたが、戦巫女様も、結構言い返しますからね」
 まるで姉と兄になった気分で、芙美香とスティーヴは苦笑を交わす。が、芙美香が急に表情を引き締め、先を行く未来達に叫んだ。
「未来ちゃん、王子様、足元!」
 警告にはっとしたファルスディーンが、咄嗟に未来の腕を引いた。未来はファルスディーンの胸に倒れ込む形になるが、それを恥ずかしいなどと思う間も無く、背後から、がらがらと何かの崩れる音がする。
 振り向くと、今来た道が崩れ落ち、芙美香達と完全に分断されてしまっていた。
「あっちゃー、あたしだけなら飛んでいけるけど、男の人一人抱えて行くには、きついかな」
 芙美香の言う通り、亀裂はかなり大きく、戦巫女の能力を持つ彼女ならともかく、生身の人間が跳んで渡れる距離ではない。スティーヴが、芙美香の手から遺跡の地図を受け取り、しばし眺めて、ファルスディーンに告げる。
「どうやら、迂回になるようですが、この道の他にも、先に行く手段は有るようです。我々は、そちらから向かいます」
「そうだな。奥で繋がっている事を信じて、お互い進むしか、無いだろう」
 そんな!
 の一言が、危うく未来の口から飛び出しかけた。芙美香でもなく、スティーヴでもなく、よりによってこの、意地悪でぶっきらぼうな王太子と二人きりになってしまうとは。
 行かないで、と切に叫びたかったが、二人共、未来のそんな心情には気づく事無く、
「じゃあ未来ちゃん、また後でね」
「ファル、戦巫女様、ご無事で」
 と手を振り、さっさと別の道を行ってしまうのだった。

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