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「ネーデブルグの、王家の墓に置いて来た魔物が、全滅しましたってよ」
 緊張の満ち満ちている王の間に、そんな雰囲気など気にも留めない、とばかりにあっけらかんとした少女の声が響いた。
「フォルティアの王太子と戦巫女が加わった、奴ら、住み着いてた野生竜まで倒して、グランシャリオを手に入れたですって」
 この娘は、恐れる、という感情を知らぬのだろうか。ステア騎士団の重鎮、ヴォルフラム・バロックは、膝をついて平伏したまま、対して、頭を垂れもせずにべらべらと喋っている、銀の髪の少女が、きっと笑顔であるだろう事を、脳裏に描いた。
「このままいい気にさせとく訳にも、いかないんじゃないですのお、陛下?」
 娘が、主の言葉を待って、ようやく黙ると、重苦しい沈黙が落ちる。バロックは、この耐え難い静寂が、永遠に続くのではないのかと云う錯覚に捕らわれた。が、やがて、女性としては非常に重々しい声が、玉座から降って来る。
「アイゼンハースを攻めよ」
 その言葉は単純だが、意味は重く、非情に冷徹で、残酷だ。
「ヒューリ、お前の転移能力を使え。残りの人選はバロックに任せる」
「わっかりましたあ」
「仰せのままに」
 ヒューリと呼ばれた銀髪の娘は、色の薄い目を片方つむって陽気に応え、バロックは、床にこすりつけんばかりに頭を深々と下げる。
「戦巫女、キミも勿論行くよね?」
 ヒューリが、小悪魔的な笑みを、バロックの後方で、腕を組んで柱に身を預けている人物に向けた。
「面白い事が待ってると思うですのよ。イヤなんて言わせないからね」
 その笑顔が、にたりと、一層邪悪なものに変化する。
「言ったら……ひどいよ?」
「……わかってる」
『戦巫女』と云う肩書きに相応しくない―少年の―声が返る。
「やる事はやる。ステアの戦巫女として。それだけだ」
 少女に向けられる黒の瞳が、言い知れぬ憂いを帯びた。

 手綱を繰る腕は重く、行きよりも時間をかけて、未来達はアイゼンハースに帰り着いた(出立前に、ファルスディーンは遺跡近くの川で水浴びをして、竜の血を落として来た。こんな秋深くにそんな事をして、風邪を引きはしないのかと、未来は思った)。
「おお、皆、無事であったか!」
 謁見の間に入ると、カーレオンは、相変わらず明るく破顔して一同を迎え出たが、今の未来には、その笑顔も、白々しく見えてしまう。
「陛下、こちらがグランシャリオです。お納め下さい」
 ファルスディーンが膝をつき、鞘に収めた秘剣を差し出すと、ネーデブルグ王は、四人の無事を祝った以上に喜びを前面に押し出して、それを手に取った。
「これがそうか! うむ、ネーデブルグの宝剣とされてきただけはある」
 剣を鞘から抜き、何度か素振りして、手応えを確かめた後、金とも銀ともつかぬ刃を、カーレオンは満足げに眺める。
「いや、四人共、ご苦労であった。ああそうだ、ファルスディーンと未来は、後で晩餐を共にしたい。私もサフィニアも、フォルティアの話を、聞きたいからな」
 カーレオンは、剣を鞘に戻すと、順繰りに未来達を見渡し、最後に未来に視線を戻して、微笑んだ。
「良いかな?」
「は、はい……」
 正直な所、この王や、ファルスディーンにべったりになるだろうサフィニアと、食事をするのは、気が進まない。あまり乗り気でない態度が返事に出てしまったが、カーレオンには通じなかったようだ。彼は満足げに頷き、
「では、後ほど」
 未来の頭を抱き寄せて、黒髪に口づけると、玉座に戻った。
「ファルスディーン様。遺跡での、ファルスディーン様の、魔物との凛々しい戦いぶりを、サフィニアは聞きとうございます。是非お話しして下さいませね」
 サフィニアも、楽しみでたまらない、とばかりにファルスディーンに熱い視線を向ける。ファルスディーンはやはりその情熱に気圧されて、中途半端に何回か頷いた後、未来とスティーヴを促して、謁見の間を退出した。
「嫌なら、辞退してもいいんだぞ」
 客間に案内される途中の廊下で、ファルスディーンは未来に耳打ちした。
「……わかっちゃった?」
「わからない訳があるか、あの顔で」
 未来が小声で訊ねると、ファルスディーンは嘆息し、続ける。
「疲れが出たとでも言えばいい。カーレオン陛下も、強制はしないだろう」
 しかしそれでは、ファルスディーンが、あの押しの強いサフィニアと、曲者なカーレオンの相手を、一人で同時にせねばならない。それは流石に彼が可哀想な気がしたので、未来は首を横に振った。
「ううん、出るよ」
 たちまちファルスディーンが、紫の瞳をみはった。
「本当にお前は」
 顔を背けて、ぼそぼそと「……だな」と呟く。こちらを向いていなかったので、何なのかまでは、聞き取る事が出来なかったが。
 とにかく、夕食までは、気楽な時間が過ごせるのだ。ゆっくり心身を休めよう。未来が、大きな伸びをした時だった。
 どん、と、爆発音が、耳に届いた。堅固なはずのアイゼンハース城が、揺れる。咄嗟にファルスディーンが、廊下の窓際に駆け寄った。未来もその後ろから外を覗くと、炎と、煙が、城の一角から立ち昇っている。更に、空を飛んで来る、翼持つ魔物の姿も、見受けられた。
「ステアの襲撃か!?」
「いきなり首都に侵攻してくるとは、随分大胆ですね」
 ファルスディーンが、スティーヴが剣を抜く。
「陛下とサフィニア様をお守りしろ!」
 ネーデブルグ兵が、慌ただしく駆け回り始めた。
 城内には、赤い甲冑をまとった兵士達が入り込んでいた。白を基調とするネーデブルグの色ではない。フォルティアは、王族の色を示す青地に金の装飾だ。となると、残る可能性は一つ。ステアの兵だ。彼らは剣を、槍を振りかざし、容赦無く、未来達に襲いかかって来た。
「弾いて!」
 未来が言葉を紡ぐと、銀の障壁が、敵の武器からファルスディーンとスティーヴを守る。相手が怯んだ所に、二人が斬りつけて、ステア兵はがくりと崩れ落ちた。これまでは魔物ばかりが相手だった。人間が人間を殺す所を初めて見てしまった未来は、しかし今は立ちすくんでいる場合では無いと、震える膝を叱咤し、二人の後を追って、謁見の間に飛び込む。謁見の間には、窓から入り込んだ魔物達と、芙美香やネーデブルグの兵士が、交戦していた。その後方で、サフィニアが引きつった悲鳴を洩らしてうずくまり、
「き、貴様ら、しかと戦え! 私を守れ! このネーデブルグの王、カーレオンを!」
 へっぴり腰のカーレオンが、グランシャリオを形ばかり抜いて、身勝手な裏返った声をあげていた。
「炎!」
 未来の声に応えて、銀色の炎が謁見の間を駆け抜け、魔物の翼を焼き、次々と床に叩き落した。そこにファルスディーンが、芙美香達が斬りかかり、とどめを刺す。
 だが、それで終わりでは無かった。ばん、と謁見の間の扉が開かれ、髭をたくわえた壮年の、大柄な男が、赤い鎧姿の兵を引き連れ、堂々とした足取りで入って来たのだ。
「我はステアの将軍、ヴォルフラム・バロック。ネーデブルグ国王カーレオン殿は、いずれか」
 身体つきに似つかわしい、武骨で大振りな剣を構え、男は宣言した。カーレオンが、ひっと息を呑むのに気づくと、それが答えと認識したらしいバロックは、切っ先をそちらに向ける。
「このように、突然の襲撃をかけた事は、私の本意では無い、それは詫びよう。しかしせめて、貴君とだけは、正々堂々と仕合いたい。いかがか」
 カーレオンは、その端正な顔をぴくぴく引きつらせ、グランシャリオを握った手をぶるぶる震わせていたが、
「グ、グランシャリオ、何処でも良い、私を守れ、ここから逃がせ!」
 秘剣に向けて喚くと同時、金とも銀ともつかぬ刀身が、七色の光を発して、カーレオンの姿は、謁見の間から忽然と消えてしまったのだった。これには、サフィニアだけでなく、ネーデブルグの兵も、呆気に取られる。「……とうとうやったよ、あの馬鹿王」と、芙美香だけは、公然と悪態をついた。
「民を守って先頭に立つべき王が、真っ先に逃げ出すとは……嘆かわしい状況であるのは、ステアだけでは無いのか」
 バロックは呆れきったように嘆息し、謁見の間に居合わせる面々を見渡していたが、やがて剣先を、ファルスディーンに、ぴたりと突きつけた。
「赤い髪に紫の瞳……、フォルティアのファルスディーン王太子とお見受けする。不足は無い、お相手願えるか」
「いいだろう」
 ファルスディーンは応え、未来やスティーヴに、手を出すな、と視線で合図して、謁見の間の中央に進み出た。バロックも、部下達を下がらせて、ゆったりと歩み寄って来る。二人が対峙し、緊迫した空気が流れた。きっと、ひとたび戦いが始まったら、どちらかが倒れるまで、止まる事は無いだろう。誰もがそう予感し、固唾を呑む。
 と。そこに、微妙な空気の乱れが訪れた。その正体が、瞬間転移の魔力に拠るものであったと、未来が知る由も無い。戦巫女としての能力はともかく、未来は魔法など使えないのだから。
 ただ、唐突にファルスディーンの背後に現れた影をみとめて、叫ぶだけだった。
「―ファルスディーン王子!」
 ファルスディーンが振り返りきる猶予は無かった。片手ずつに二本、金色の、通常より一回り小振りな槍を握った、ファルスディーンより少しだけ背の高い男―後姿から感じ取られる雰囲気は、少年だろう―は、右手の槍でファルスディーンの剣を弾き、左手の槍を、彼の背に、突き立てた。
 サフィニアの悲鳴が耳をつんざく。自分も叫んでいるのだと未来が気づくのには、数瞬の間が必要だった。
「だから俺は、王子じゃないと……!」
 苦悶の表情を浮かべ、苦しげに洩らしたファルスディーンが、どうと床に倒れ伏す。金色の槍を持つ少年は、それきり彼に構わず、
「フォルティアの戦巫女、覚悟!」
 こちらに向き直って、人間の常識を超えた速度で、飛びかかってきた。未来は咄嗟に叫ぶ。
「か、壁!」
 ぎいん!と甲高い音を立てて、銀色と金色が、火花を散らした。思わず目をつむって伏せていた顔をゆっくりと上げ……、未来は我が目を疑った。相手も、心底からの驚愕を隠さずに、こちらを見ている。
 少年の口から、呆然と、声がこぼれた。
「……姉ちゃん?」
「……利っくん」
 利久だった。
 記憶にある姿からは、ほんの少しだけ背が伸びて、短かった髪も伸びている。しかし、今まさに目の前に居るのは。ファルスディーンを傷つけ、自分に打ちかかって来たのは。紛れも無く、行方不明になっていた、弟の利久なのだ。
 何故、利久がここに居るのか。何故、ステアに味方しているのか。
 答えに思い至るより先に、未来は突然背後から、何者かに、ぐ、と喉を締められた。
「キャハハハハハ、やればできるじゃないですの、戦巫女!」
 耳障りな高い声が、至近距離で聞こえる。必死に首を巡らせると、色素の薄い髪と瞳を持つ少女が、いつの間にか、後ろに回り込んで、未来を押さえつけていた。
「ヒューリ!」
 戦巫女? 利久が、ステアの戦巫女だと云うのか?
 未来の顔から血の気が引くと同時に、利久もさっと青ざめる。
「姉ちゃんがフォルティアの戦巫女だなんて、聞いてない!」
「ヒューリ、これはあまりにも卑怯な……」
「だって、言わなかったもの」
 ヒューリと呼ばれた少女は、あっけらかんと利久に応え、バロックの非難めいた視線もものともしない。
「それにバロック、今更騎士道に拘りを見せるのか? 魔物を用いた侵攻を始めた時点で、ステアの戦に道義も何も、求められていないですのよ。卑怯も何も、知ったこっちゃ無いったら」
 少女は、子供が、積み上げられた積木の城を崩す時のように無邪気に、楽しげに、ころころと笑い、未来の喉を締め上げる手に、力を込める。気道が詰まって、は、と苦しい息が洩れた。
「やめろ、ヒューリ!」
「未来ちゃんを放しなさいな」
 利久が叫び、芙美香がいつに無く真剣な表情で黒の剣を構える。ヒューリは更に口元を歪めて、彼らを睥睨した。
「アタシに命令するな、戦巫女。ネーデブルグのもだ。下手に動いたら、この娘の首、へし折るよ!」
 その脅しに、誰もが動けなくなるのを見届けると、少女は愉快でたまらないとばかりに、声をあげて笑う。
「楽しい。ああ、楽しい!」
 そして、利久に、バロックに、ステアの兵達を、次々と指差す。その動作だけで、彼らの姿が揺らいで、その場から消えた。歴史の中で、戦巫女しか使えなかったはずの瞬間転移の能力を、しかも他者を一斉に送る術を、この少女は有していると云う事になる。
「折角ここまで来たんだから、フォルティアの戦巫女は、いただいて行きますのよ。返して欲しかったら、ステア首都エズリルまで来る事ね。出来ないだろうけどお!」
 高らかな哄笑を残して、ヒューリは自らと未来を共に、転移させようとする。その短い瞬間で、未来はその場に居る者達の表情を見届けた。唖然とするサフィニア。ヒューリを睨みつける芙美香。口惜しそうに拳を握りしめるスティーヴ。
 最後に、倒れているファルスディーンと視線が絡み合った。
「……戦巫女……」
 ファルスディーンが、血に濡れた手を伸ばす。それが決して未来に届く事は無いと、互いにわかっていても。
「……未来!」
 彼が、初めて自分を名前で呼んでくれた。それが、現実のものであったか認識する間も無く、未来の視界は揺らぎ、そして闇に落ちていった。

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