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 利久が世話になっている家へ帰ると、家の者達が集まり、ぼそぼそと話し合っていた。利久の姿を見ると、無理に笑顔を作ったものの、自分に関わる話をしていたのだろうと、予測はつく。
「何か、あったんですか」
 利久が訊ねると、彼らは顔を見合わせたが、やがて妻―利久を最初に助けた女性が、複雑そうな表情で、語り出した。
「この国の女王様から、お触れが出たんだよ」
 彼女は言った。
「戦巫女が降臨したはずだ、居場所を知らせれば、金貨千を与えるってね」
 金千枚が、この世界でどれだけの価値を持つのか、利久は知らない。だが、決して安い金額では無いだろう。自分がその女王とやらの元に行く事で、この辺境村が少しでも潤うなら、世話になった恩返しにもなるだろうか。そう考えて、利久は気軽に答えた。
「じゃあ、早速知らせてください。俺は行きます」
「とんでもない!」
 家の者達全員が即座に、声を揃えた。予想外の反応に、利久が思わず怯むと、家の主人が語り出す。
「女王陛下は今、フォルティアとネーデブルグに戦を仕掛けようとしているんだ。あんたの事を陛下に知らせれば、きっとその戦に駆り出される」
「女王陛下は、優しいお方だったのにのう。半年ほど前から、お人が変わったようになってしまわれて」
 妻の父親が、ふうと嘆息する。
「以前は、魔物が出たと知れば、このような辺境にも、討伐の兵を派遣してくだすったのだが、今は放りっぱなし。それどころか、陛下が魔物を操っている、などと云う噂まで流れとる」
 利久が目をみはると、彼らは、一様に手を横に振る。
「ああ、言わないよ。あんたの事は絶対に言わない。恩人を、突き出すような真似をする奴は、この村には居ない。今まで通り、過ごしておくれ」
 彼らはそう言ってくれたが、それは余計にアルテムの村に迷惑をかける事になるのではないか。利久は心苦しくなった。

 穏やかな日々の終焉は、唐突に訪れた。
 ある日、いい加減、何もしない状況に耐えられなくなって、半ば強引に畑仕事に参加していた利久の元に、ケインの弟妹が、今にも泣きそうな顔をして、やって来たのだ。
 曰く、兄が昨夜から帰って来ない。村中の、心当たりの場所を探したのだが、見つからないのだと。
 アルテムは、ひとたび村を出れば、魔物が出没すると、この数週間の滞在の内に、何度も聞いた。山にでも迷い入ってしまったのだろうか。利久は、農作業の手を止め、ケインを探しに行く事に決めた。周りに居た男達が幾人か、共に行くと申し出てくれたのだが、
「大丈夫です、俺は一人でも戦えますから」
 流石に、戦巫女の力を振り回すのに、普通の人間が居てはお荷物になるから、とは言えず、利久はそれだけ告げて、走り出した。
 もしかしたら、街に降りたのかもしれない、と云う村人の言葉に賭けて、利久は、街道へ続く山道に入った。元々長時間走る事には慣れていたが、戦巫女の能力のおかげで、ほとんど息切れする事も無く駆け続けられる。
 程無く走った所で、利久は空気の微妙な変化を感じて、足を止めた。右手の崖の上から、利久を狙っている存在がある。数は、七か、八。このように感覚が鋭敏になったのも、戦巫女の能力の賜物か。考えながら、利久は両手に意識をやった。当たり前のように、金色の槍が、現れる。
 それと同時、崖の上から敵が飛び出して来た。緑を基調にしているが、奇妙な斑模様を持つ、大型のトカゲのような魔物が、飛びかかって来る。
 利久はその場から避ける必要も無かった。槍を突き出す。それだけで、二体が串刺しになり、緑の粒子になって消えた。振り向きざまに槍を振り払うと、三体の首が飛び、一匹が、がらがらと、山道から崖下へと落ちて行った。
 残る二匹が、左右から突っ込んで来る。利久はたん、と地を蹴って宙へ跳び、獲物を見失って互いに頭突きした魔物の脳天それぞれに、槍を突き立てた。
 辺りが静寂を取り戻すのに、ものの5分とかからなかった。利久は槍を仕舞って、ふうと息をつく。と、ぱん、ぱん、ぱん、と、どこか人を小馬鹿にしたような拍手が、耳に届いた。
「さっすが。本物の戦巫女で間違い無いようですなのね」
 台詞とは裏腹に、やはり相手を侮るような口調と共に、色素の薄い髪と瞳をした、利久より少しばかり年上に見える少女が、姿を現した。
「ステア女王セルマリア配下、ヒューリ・リンドブルム」
 利久がじろりと見すえ、誰だ、と問いかけるのに先じて、少女はにこりと笑って告げる。
「戦巫女、キミを迎えに来ましたのよ」
 ヒューリと名乗った少女の後から、赤い甲胄をまとった兵士達が、ぞろぞろ現れる。その中に、身を縮こませるようにやって来た少年の姿を見つけて、
「ケイン、無事だったか」
 利久はほっと息をつき、それから表情を強張らせる。
 ケインの手の中には、薬の袋が、大事そうに抱えられていた。それで利久も気づく。何故、ステア女王の部下と名乗る連中が、利久を見つけたのか。少年が、街へ降りて行って、何をしたのか。
「ケイン」
 それ以上の言葉を失って立ち尽くす利久に、ケインはしばらくの間、顔を向ける事をしなかったが、
「だって」
 やがて、絞り出すように声をあげる。
「こうでもしなきゃ、母ちゃんの病気は治らない。利久兄ちゃんは、母ちゃんを治してくれなかったじゃないか」
 目をみはる利久に、ケインは更に感情的な言葉を投げかけた。
「何が勇ましい名前だ。おれには、戦巫女みたいな力なんて無い。戦巫女なら戦巫女らしく、戦っていればいいじゃんか!」
 返す言葉も失ってしまった利久に、ヒューリが、何がおかしいのか、と怒りさえ覚える笑いを向ける。
「あらあら、嫌われちゃったのね。でも、この子の言う通りじゃなくて? ステアの戦巫女は、ステアの為に、戦えば、良い話なんですの」
「誰が、戦争の片棒なんか担ぐか!」
 利久は咄嗟に言い返したが、途端に、ヒューリの色の薄い瞳に、邪悪な光が宿る。
「キミに選択の余地は無いですのよ、戦巫女。もうこの子は金を受け取って、薬に代えちゃったし」
 傍らのケインの頭を撫で、それからその手を、頭上に掲げる。
「戦巫女の降臨を把握しながら、知らせなかったアルテムの村には、翻意有り、と受け取りますったら」
 それを合図とばかりに、上空から影がさす。見上げて、利久は息を呑んだ。蒼い鱗に覆われた、竜が、翼をはためかせて舞っていた。
「村ごと凍らせてもいいくらい」
 ヒューリの台詞に合わせて、竜の口から、ひゅうううと、冷気が洩れる。
「やめろ!」
 利久は叫んだ。
「アルテムの人達を巻き込むな!」
 するとヒューリは、更ににたりと口元を歪めて、利久に告げた。
「それはキミ次第かな、戦巫女」
 何を求めて―否、強制しているかわからない程、利久は子供では無い。唇を噛み締め、拳を力強く握り込んだ後、掠れ気味の声を、洩らした。
「わかった。俺はお前らと行く。だからアルテムには、手を出すな」
「お利口さん」
 ヒューリは笑った。小首を傾げて、嫌味なまでに可愛らしく。
「でも、気が変わられても困るからね。この子には、村を見張っててもらいますかな」
 蒼竜が、ばさりと翼を羽ばたかせて、アルテムの村方面へと飛んでゆく。利久は再度ケインを見た。少年は、竜の行く先を目で追って、自分のした事の深刻さに、今更気づいたようにがくがく震えていた。が、利久の視線を感じ取ると、ふっと顔を逸らし、うつむく。
「キャハハハハハハ、楽しい、ああ、楽しい!」
 ヒューリの場違いなまでの笑い声が、山道に響き渡り、それはいつまでも止まないかのように、利久には思えた。

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