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 刈谷千登勢を、ハーヴェルの山中に埋葬して弔った後、ファルスディーン達は、グランシャリオの転移能力で、フェーブル城に帰還した。あざとい家臣達には顔を合わせたく無いので、そのまま、未来の眠る部屋へ直行する。
 部屋には、例の老医師が待機していて、ファルスディーン達の姿をみとめると、椅子から立ち上がり、会釈した。ファルスディーンは、彼の手に、薬瓶を押し込む。
「頼む」
 頭を下げると、医師は頷き、それからしばらく間を置いて、訊ねた。
「千登勢殿は」
「眠られた」
 短い応えの中に、全てを悟ったのだろう老人は、それ以上を訊く事は無く、再び未来の傍らの椅子に、腰を下ろした。
 薬瓶の蓋を開け、傾けて、未来の口に含ませる。しかし未来の身体はそれを受け付けず、吐き出された液体が、だらりとこぼれた。二回やったが、結果は同じだった。
「馬鹿か、お前は!」
 聞こえない事も忘れ、ファルスディーンはベッドの縁に手をついて、怒鳴りつける。
「飲まなかったら死ぬんだぞ、飲め!」
「次で駄目でしたら、口移しですな」
 老医師がぽつりと呟いて、ファルスディーンを見上げる。もうひとつ視線を感じたので振り返ると、スティーヴもこちらを見ていた。
「な、何だ」
 ファルスディーンは狼狽えた。
「何で皆で俺を見る」
「いえ、何」
 スティーヴが微笑を浮かべて肩をすくめる。
「やはりそうなったら、戦巫女様を召喚された、貴方がすべきだと思いまして」
「俺がか!?」
 途端に、ファルスディーンは耳まで真っ赤になって、裏返った声をあげた。
 ファルスディーンはその生い立ちと立場から、異性と付き合った事が無い。口づけなど、もってのほかだ。絶対に、スティーヴの方が適役だと思う。しかし彼の言う通り、未来をこの世界に呼んだのは、王族である自分だ。責任を持って、救う必要がある。
「そうだ、責任を取るだけだ。人命救助だと思えばいいんだ、人命救助……」
 いつの間にか背を向けて、一人ぶつぶつ呟いていたファルスディーンの耳に、ごくん、と嚥下の音が届いた。
「飲まれましたな」
 のろのろ振り向くと、老医師があっけらかんと告げる。
「残念でしたね」
「何がだ!」
 スティーヴが、にやにやと笑いながら言うので、ファルスディーンは、思わず声を荒げていた。

 まぶたの裏にまで差し込む陽の光が、やけに眩しかった。どれだけ眠っていたのか、目を開けるのは億劫だったが、開いてしまえば、意識は明瞭だった。
 身を起こし、未来は、ここがフェーブル城内の、滞在時に使っていた自室だと、認識する。アイゼンハースで倒れてから、どれだけの時間が過ぎたのだろう。
「気がついたかい?」
 優しい声に首を巡らせると、スティーヴが、傍らの椅子に腰かけて、穏やかな目で、未来を見つめていた。彼は、未来が竜の毒を食らった事、ファルスディーンと共に、それを癒す為の薬を求めて、元戦巫女、刈谷千登勢を訪ねた事を、手短に語った。
「ファルスディーン……は、何処ですか?」
 訊ねると、
「先程、事の次第を、フォルカ陛下にご報告に行かれたよ。もうすぐ、終わるかな」
 スティーヴは柔らかい口調で返し、逆に問う。
「会いたいかい?」
 未来は、頷いていた。
 ファルスディーンに会いたい。未来の胸に、素直にその想いが生まれた。会って、心からの礼を言おう。スティーヴが退出して行った後、寝間着から、いつもの服に着替えて、未来は部屋を出た。フォルカ王にも、心配をかけた詫びを言わなければならない。謁見の間へ向かおうとして、途中の廊下で、足を止めた。
 そこからは、城の中庭が見渡せた。今は冬だが、庭師がきちんと手入れしているのか、寒くても咲く花がある。数年前から、ガーデニングに目覚めた母が、世話をしているものと同じ花も、いくつか見受けられた。思わず庭に降りて、興味深げに見入っていると。
「……未来?」
 背後から、名を呼ばれたので、振り返る。廊下に、ファルスディーンが、驚きと安堵の入り交じった表情で、立っていた。
「目覚めたのか」
 こくりと頷くと、ファルスディーンは近づいて来て、大きく息をついた。
「良かった」
 心底から安心した、と云う声色に、彼にどれだけ心配をかけたかが、うかがい知れる。
「スティーヴから聞いたよ。私を助ける為に、山奥まで行ったんだって」
 ファルスディーンの顔を見つめ、未来は微笑んだ。
「ありがとう、ファ…ル」
 おずおずと、少しだけ遠慮しながらその名を呼ぶと、ファルスディーンは一瞬、紫の瞳をみはった。が、すぐに、表情を和らげる。
「やっと、笑ったな」
 今度は、未来が驚く番だった。ネーデブルグの遺跡から、二度目の、ファルスディーンの笑顔だった。
「ファルだって」
「そうか?」
「そうだよ」
 二人は互いに笑いを洩らし、それから不意に黙り込んだ。しばらく、見つめ合ってしまう時間が続き、それが何だか恥ずかしくて、未来は視線を逸らしながら、話題を振り替える事を決め込んだ。
「そうだ、私を治す薬をくれたのは、昔の戦巫女なんだよね。千登勢さんに会って、ちゃんとお礼を言いたいな」
 そう告げると、ファルスディーンは瞬間、何とも言いがたい複雑な表情を見せた。が、すぐにそれを消すと、応える。
「そうだな、この戦が終わったら、改めて」
「うん」
 未来は頷き、
「ファル、私、諦めないよ」
 毅然として、ファルスディーンに告げた。
「戦巫女として戦う事も。フォルティアやネーデブルグを救う事も。利久の事も。全部、最後まで諦めない」
 ファルスディーンは軽くはっとして、それから、頷き返す。
「強くなったな。フォルティアに来たあの日からは、比べ物にならない程に」
「ファルのおかげだよ」
 未来は微笑み、右手を差し出す。
「だから、これからもよろしく」
 その手が、ぎゅっと握り返される。
「勿論だ。フォルティア王族として、命の限り、お前を守ろう」
 ファルスディーンの手は、思っていたより大きくて、ひんやりとしていた。しかしそこに込められた力強さに、未来の心は、温かい想いで一杯になる。
「守るよ」
 言葉は、自然にこぼれていた。未来の言葉は力を持つ。口にすれば、きっとかなう。そんな気持ちを込めて、未来は言った。
「私も、戦巫女として。ファルを、皆を、守るから」

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