5章:抗戦―こうせん―

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 雪が積もりやがて溶け始め、真冬の空気が過ぎ行く頃、ネーデブルグのカーレオン王から、今度はファルスディーンではなく、フォルカ王宛に、親書が届いた。その内容は、今こそネーデブルグとフォルティアの力を合わせ、ステアを討つべき、と云う、徹底抗戦を促すものだった。
 決戦の時は近い。フォルカ王はそう判断し、挙兵に応じる旨の返事を、アイゼンハースに届けた。
 それから十数日後。カーレオンが直々に率いたネーデブルグ軍が、フェーブルに訪れたのである。

未来みくちゃん!」
 カーレオンを出迎える為に、ファルスディーンと共に、フェーブルの城門前まで出た未来は、懐かしい声に振り返り、表情をほころばせた。
 瀬戸口芙美香せとぐちふみかは、兵達を押し退けるようにして駆け寄って来ると、がばりと未来を頭から抱え込む。
「良かった、元気になったんだねえ。アイゼンハースで、まっちろな顔を見たっきりだったから、本当に心配したよ」
「ごめんなさい、心配かけて」
 抱擁を返した未来は、芙美香が腕を解くと、その後ろからやって来る人物の姿をみとめて、やや緊張しながら、待ち受けた。
「カーレオン陛下。その節は、ご迷惑をおかけいたしました」
 ファルスディーンが深々と頭を下げると、ネーデブルグ王は、一見人当たりの良い笑みを浮かべて、鷹揚に頷いた。
「気にするな、ファルスディーン」
 灰色の瞳が、未来に向けられる。
「戦巫女も、こうして無事だったのだ。何よりだ」
 優しく手を握られるが、未来はもう、最初の頃のように恥じらったりはしなかった。この王の言動は、上辺だけである事が、未来にももうわかっているからだ。
「ファルスディーン様、いよいよの決戦、サフィニアも精一杯お助けいたします」
 カーレオンの後ろから、ひょこりと茶色の巻髪が現れたので、ファルスディーンは戸惑った様子を見せる。
「サフィニア……。陛下、妹君もこの戦いに?」
「此度の戦は、この大陸の命運を定める。王家の者が参加するのは、当然の務めだろう」
 懸念に、カーレオンは胸を張って応えたが、しかし総大将になるカーレオンと、戦う術を持たないサフィニアは、所詮後方に居座る。前線に出るのは、未来達戦巫女や、ファルスディーンだ。大した方便だ、と、流石に未来も内心呆れた。
「時に、ファルスディーン」
 そんなこちらの心情に気づく由も無しに、カーレオンはファルスディーンに、そわそわと手を差し出す。
「グランシャリオを。そろそろ返してもらっても、良いかな?」
「は、これは失礼を。長らくお借りしたままで、申し訳ございませんでした」
 ファルスディーンは腰からグランシャリオを外して、両手で恭しく捧げ持ち、カーレオンに渡した。カーレオンは、満足げにそれを受け取る。
 ファルスディーンが持っていた方が、より有用だと思うのに。遺跡で初めて秘剣を目にした時と同じ感想を、未来は抱かずにはいられなかった。
 それを痛感し、口に出さなかった事を後悔する時が、ひたひたと近づいていたとも、知らずに。

 ステアへの出陣を控え、フェーブルの城内は騒然としていた。皆が慌ただしく動き回り、ネーデブルグからの兵も居るので、落ち着く事が無い。
 半年近くこの世界に居たが、結局兵法など覚える事の出来なかった未来は、軍議にも参加せず、自室で暇を持て余していた。
 が、不意に、部屋の扉が叩かれ、来るはずの無い者が、顔を出す。
「ファル?」
 軍議に出ずっぱりのはずのファルスディーンだった。
「会議は、いいの」
「今終わって、時間が出来た所だ」
 ファルスディーンは応え、特に室内に入って来る事もせず、紫の瞳をきょろきょろ彷徨わせていたのだが、いきなりその視線を、びたりと未来に合わせる。
「外に行くぞ」
 あまりに突然だったので、未来が面食らうと、彼は赤くなり、慌てて両手を横に振った。
「い、いや! 折角フェーブルに居るのに、城下を案内した事も無かったと思ってだな。お前が嫌ならいい」
 しどもどと弁明する王太子の姿が、何だか滑稽で、また新鮮で、未来はくすりと笑いを洩らし、答えた。
「嫌じゃないよ。案内、してくれる?」
 途端にファルスディーンが、ほっとした表情を見せる。
「よし、では行くか」
「うん」
 二人は並んで部屋を出て、歩き出した。

 その後姿を、廊下の曲がり角から見送る者が、二人。
「あの子達、いつの間にあんなに仲良くなったの」
「いや、本当に、いつの間にかだ」
「姉貴分としては、嬉しいやら、悔しいやら、複雑だわ」
 かがみ込んでいるスティーヴの頭に乗りかかって、芙美香は笑いを洩らす。
「ファルから女性を誘うなど、生まれて初めて見た。舞踏会でさえ、相手に引っ張り出されなければ、踊らない方だったのに」
 こちらは兄貴分としてファルスディーンを見守ってきたスティーヴも、想定外の事態に、驚きつつも、何だかいやに楽しそうだ。
「これは、成り行きを見守らなきゃだわ」
 芙美香がスティーヴの腕を取る。
「追うよ。こっそりとね」
「僕もかい?」
「当たり前でしょ。護衛騎士として、見届ける義務があるわ」
 こそこそと、二人は、未来達の後を追う。

 そして、そんな彼らの様子を見ていた者が、もう一人居た。
 サフィニアは、肩を並べて歩いてゆく、未来とファルスディーンの背を、呆然と見つめていた。
 その顔はたちまち紅潮し、灰色の瞳は揺れて、やがて苛烈な眼差しが、宿った。

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