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 フェーブルの城下は、賑わっていた。通りを行き交う人々の間には、大戦前とは思えない、活気があり、笑顔すら浮かんでいる。
「どんなに辛く、苦しい時にも、明るさを失わない。それが、初代フェリシア様の時代から続く、フォルティアの国民性だ」
 ファルスディーンが説明した。
 しばらく商店街を歩き、広場へ出ると、
「あーっ、ファルスディーンさまだ!」
 元気の良い声が聞こえて来て、未来とファルスディーンは、あっという間に、子供達に囲まれた。
「ファルさまが来てくれるの、すっごく、ひさしぶり!」
「ねえ、また剣をおしえてよ!」
 子供達は目を輝かせて、ファルスディーンに殺到する。城で孤立していた彼が、街ではこれだけ子供に慕われている事が意外で、未来はただただ目を白黒させていたのだが、ファルスディーンは、未来の驚きに気づかず、微笑を浮かべて、腰を低くし子供達と同じ目線になると、彼らの頭を撫で回した。
「確かに、街に降りたのは久しいな。だがすまん、剣はまた今度だ。連れがいるからな」
 王太子のその台詞に、子供達の視線が、ぐりんと一斉に、今度は未来に向いた。
「見たことないおねえちゃんだね」
「ファルスディーンさまと一緒って、もしかして……戦巫女さま?」
 問われて、未来が半端に頷くと、たちまち、子供達の顔が、ぱあっと輝いた。
「すごおい、戦巫女さまだ!」
「本物だ!」
「あくしゅして!」
「さわらせてー」
「きれいな金色の目ー」
 子供達は未来の元に押しかけ、次々と手を差し伸べる。ファルスディーンを見ると、応えてやれ、と無言で促されたので、身を屈め、それぞれの手を取った。子供達は、きゃあきゃあと、喜びの声をあげる。
 と、輪に加わり損ねて、後方で、もじもじしている幼い少女の姿が目に入ったので、未来は腰を上げて、その少女の元まで歩み寄り、どうしたの、と小首を傾げた。
「いくさみこさま」
 少女はおずおずと未来を見上げていたが、やがて、手にしていたものを、差し出す。
「いくさみこさまに、おはなをあげたかったんだけど、これしかないの」
 少女の手の中にあったのは、何らかの花の種だった。いくら城下街でも、冬の終わりと云う季節では、そう簡単に花を手に入れられなかったのだろう。しかし、折角の好意を、無下にする訳にもいかない。
「ありがとう」
 未来は種を受け取り、しばらく考えて、思いついた。己の力有る言葉。その効力がどこまで及ぶか、試す機会でもある。
 両手で大切に持ち、未来は種に向かって、告げた。
「咲いて、いいよ」
 そうして宙へと蒔く。種は瞬時にして芽を出し蕾をつけて、ばあっと、赤、青、黄、白、紫……色とりどりの花を咲かせて舞った。子供達だけでなく、周囲に居合わせる誰もが驚き、それから、歓声をあげて、辺りを彩る花に見入り、未来を讃える拍手を送った。
 広場に居ると、いつまでも子供に囲まれて、動けないような気がして来たので、彼らに手を振り別れて、未来とファルスディーンは、その場を離れた。
「元気な子達だね」
「ああ、彼らが将来のフォルティアを担ってくれると思うと、心強い」
 未来が言うと、ファルスディーンは、誇らしげに頷く。
「だからこそ、俺は王族として、あの子供達に、平和な時代を残したい。剣など教えなくていい時代を。2年の後、俺が王になる頃には」
 真面目な顔つきになるファルスディーンの言葉に、首を縦に振り、それから未来は、その首を斜めに傾けた。
 ファルスディーンが王位を継ぐのは、18の歳になってからだと、かつて聞いた覚えがある。それまで2年と云う事は。
「ちょっと待って」
 未来は思わず足を止める。
「ファルって、今16歳?」
「ああ、そうだが」
 ファルスディーンも立ち止まって、怪訝そうに眉をひそめる。
「それがどうかしたか」
「嘘」
 未来は驚きのあまり、変な笑い顔になってしまった。薄々、そうなのかと思った事は有ったが。
「ファルって私より年下なの?」
「何!?」
 今度はファルスディーンの顔が引きつる番だった。
「お前は幾つなんだ」
「17」
「見えない!」ファルスディーンがすっ頓狂な声をあげた。「15くらいかと思っていたぞ!」
 未来は、自分が歳相応の外見だと思っていた。日本人は、外国人の目には、実年齢より幼く映る事があるとは、よく聞いていたものの、改めてそんな風に言われると、少しだけ腹が立つ。ファルスディーンこそ、背はそんなに大きくないし、スティーヴに比べたら遙かに、まだまだ少年の面影を残している。人の事を言えないではないか。
 未来がむくれると、ファルスディーンは軽く狼狽え、きっと、何かで誤魔化そうとしたのだろう、辺りを見回して、
「ほ、ほら、鈴が売っているぞ、見てみろ」
 たまたま傍にあった出店へ、未来を引いて行った。いきなり手を繋ぐ形になり、未来の心臓は高鳴る。それを抑えて、店を覗くと、ずらりと並んだ小箱の中に、先程の花に負けず劣らず色とりどりな、指先大の鈴たちが、所狭しとひしめきあっていた。
「フォルティアは、金属の加工においては、三国の中で最も優れている。こういった、細かい物も、得意中の得意だ。良い音がする」
 ファルスディーンに言われ、店主を見ても、その通り、とばかりに笑顔を向けられたので、未来は、店主が差し出した一つを受け取り、耳元に運んで、軽く揺らした。ちりん、と、涼やかに鈴は歌う。
「本当だ、可愛らしい音」
 ちりん、ちりりんと楽しげに鈴を鳴らす未来を、ファルスディーンは、とても穏やかな瞳で見つめていたのだが、不意に口を開いた。
「好きな物をひとつ選べ」
 未来が不思議そうに顔を上げると、彼は心無しか頬を紅潮させて、そっぽを向きながら。
「ひとつだけなら買ってやる」
「本当?」
「嘘を言ってどうする。好きな色にでもしろ。何色が好きなんだ」
「オレンジ」
 嬉しそうな未来の即答に、ファルスディーンが、微妙な表情で見下ろしてきた。
「……お前」
「なに?」
「もっと違う色じゃないのか。女なら、そう、ピンクとか、水色とか、淡い緑とか」
「それは偏見ってものじゃない? オレンジのどこがいけないの」
「いや、悪い訳では」
「じゃあオレンジ」
 相手を言い負かして黙らせた未来は、箱の中から、オレンジ色の鈴をひとつ、つまみあげ、その脇で、ファルスディーンが、代金を店主に支払った。
 未来はしばらく、ちりりん、と、オレンジの鈴が奏でる音色を楽しんでいたのだが、思い立ったように、ファルスディーンを振り仰ぐ。
「そうだ、私もファルにひとつ、買ってあげる」
「俺はいい」
 突然の申し出に、ファルスディーンは戸惑いながらも拒否した。
「お金の心配なら要らないよ。この間、フォルカ様にご挨拶した時、少しおこづかいもらったの」
「そういう問題じゃない。俺がお前に贈った意味が無くなる」
 だが、未来は引かない。
「いつもファルに助けられて、何かしてもらってばかりで、私、心苦しいよ。たまには私からも、何か返させて」
 未来の真摯な瞳に懇願されて、ファルスディーンはまたも返す言葉を失った。
「では、その言葉に甘えるぞ」
 しばらくの後、そう言って、箱の中から、銀色の鈴をひとつ、取る。
「そんな、地味な色でいいの?」
 未来は、代金を払いながら、予想外だとばかりに目を丸くしたのだが。
「これでいいんだ」
 ファルスディーンは、手の中の鈴をちりんと揺らし、未来に笑顔を向ける。
「地味なんかじゃない。お前の色だ」
 はじめ未来は、その言葉の意味を理解しかねた。しかし悟る。自分が戦巫女の力を行使した時の、銀色の光の事を指しているのだと。そしてそれに気づいた途端、未来は何故か、耳まで真っ赤になった。
「そろそろ、城に帰るか」
 銀の鈴を懐に入れ、ファルスディーンが、手を差し出す。
「うん」
 未来は応えると、オレンジの鈴を、服の胸ポケットに大事に仕舞い込み、今度はごく自然に、その手を取るのだった。

「うわー、いいね、初々しいね、羨ましいね」
 喫茶店の、通りに面した窓際の席で、ハーブティーをすすると、芙美香は、こっちが恥ずかしくなる、とばかりにかぶりを振った。
「確かに」
 対面する形に座ったスティーヴが、ブラックのコーヒーを飲み干した後、くすりと口元を緩める。
「君はそういう純真さから、既に離れている気がする」
「あんたもね」
 カップを傾け、中身を空にすると、芙美香は頬杖をついて、純情な妹分の背を見送りながら。
「ああ、でもいいなあ。あたしもああやって、男の人からプレゼントされたい」
「鈴で、いいのかい?」
「まさか」
 問われたので、芙美香は左手をスティーヴの眼前に突き出し、ひらひら振った。
「どうせなら、こっち」
「困ったな」
 台詞とは裏腹に、スティーヴはあまり困っていなさそうな笑みを浮かべる。
「僕の薄給では、手が出せない物のようだ」
「またまた。実入りいいんでしょ、護衛騎士筆頭さん」
「冗談抜きでね」
 スティーヴは、芙美香の左手に、己の右手を添える。
「こう見えても、給料のほとんどは、親に渡しているから、自分の持ち分はそれ程多くは無いんだ。きちんと、確保しておかないと」
「確保出来たら、買ってくれる?」
「それで君が喜ぶならば」
「……マジで?」
「騎士に二言は無いよ」
 芙美香はたちまち、満面の笑顔になり、身を乗り出すと、スティーヴの手を、ぎゅっと握り締めるのだった。
「楽しみにしてる!」

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