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「バロック将軍、既に大勢は決した」
 グランシャリオを握る手をだらりと下げたまま、ファルスディーンは、バロックを見すえた。
「最早、これ以上の戦闘は無意味だ」
「確かにそちらには、意味は無かろう」
 その大柄な身の丈程もある刃を構えながら、将軍は、ファルスディーンに決して劣らぬ―むしろ凌駕さえする眼力を返す。
「しかし我らは、最後の一兵まで戦えと、陛下から命を下された。私は、この軍を預かる者として、命令に逆らう訳にはいかぬ」
「セルマリア女王を止めようとは、思わないのか!」
 激昂するファルスディーンに、バロックはゆっくりと首を横に振った。
「私は長年、陛下に、ステアに忠義を尽くして来た。陛下がどのようになろうとも、最後まで従うが、我が道義。だからこそ」
 大剣の切先が、ぴたりとファルスディーンに向けられる。
「この戦いを最後にしようぞ。そして、そなたが勝った暁には、我が命と引き換えに、部下達の命、保証してくだされ」
 それは、己の死を覚悟した男の台詞だった。そしてファルスディーンは、刃を交えずして、この頑徹な将軍の意志を覆す事は、自分には出来ぬと悟る。彼に出来たのは、周囲の兵を下がらせ、グランシャリオを油断無く握り直して、対峙する事だった。
「……いざ!」
 アイゼンハースでかなわなかった、王太子と将軍の対決の火蓋が、切って落とされた。
 たちまち繰り広げられる、命を賭した剣戟に、最早誰も入り込む事が出来ない。ただ立ち尽くして見つめるばかりの未来の前に、利久が歩み寄って来た。
「負けてくれ、姉ちゃん」
 微妙な距離を保ったまま、弟は告げた。
「フォルティアの戦巫女が最強じゃないってわかれば、セルマリア女王ももう、姉ちゃんを狙わないはずだ。姉ちゃんはもう、戦わなくていい。姉ちゃんは、俺が守るから」
 一度は決別してしまった弟の、いつも聞いていた、しかし含めるものの大きく異なってしまった言葉に、未来の心は揺らぐ。だが、そんな姉弟の間に、すっと入り込む者が居た。
「気に入らないね」
 芙美香だった。黒の剣を、びしりと利久に突きつける。
「姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん。未来ちゃんを守るふりして、一番甘えてんのは、あんたの方じゃない」
「あんたに何がわかる!?」
「わからないよ。あたしはあんたを、未来ちゃんの弟だって以外、これっぽっちも知らないんだから」
 声を荒げる利久を、やけに冷めた目で見つめ、
「ただ、これだけは言っとく」
 体勢を整えて、芙美香は言い放った。
「押しつけがましい弟の愛情振りかざす馬鹿。あたしがグーで殴り飛ばす!」
 黒と金が、火花を散らした。

 ファルスディーンとバロックの戦いは続いていた。常人には、重たくて持ち上げるのも精一杯だろうと云う大剣を、己の腕の一部のように軽々と振り回して、バロックはファルスディーンに迫る。ファルスディーンは、その斬撃をかわし、グランシャリオで受け流すが、防戦に追い込まれ、なかなか反撃に転ずる事が出来ない。重厚な攻撃に、手がじんじんとしびれる。
 何とか一撃を叩き込み、バロックを多少なりともよろけさせて、間合いを取った時、それまで、戦いに集中して耳に入って来なかった、周囲の味方のざわめきが、聞こえて来た。
「カーレオン陛下が?」
「亡くなられた……?」
 総大将の死に、不安と恐怖がじわじわと伝播するのを、ファルスディーンは感じた。バロックも一時手を止め、周囲を見渡している。
 将が討たれては、連合軍の負けが決まったようなものだ。しかしステアにも、最早バロックと、芙美香と打ち合いを続ける利久以外、戦意の有る者は居ない。勝者の定まらぬ戦いに落ち込んでしまう。
 しかしその時、ファルスディーンがグランシャリオを掲げて、辺りに響く大音声をあげた。
「躊躇えるな! まだ、終わりでは無い!」
 紫の瞳に強い光を宿して、彼は宣言する。
「まだ、皆が居る。ネーデブルグを、フォルティアを繋ぐ者は大勢居る。全てが終わってはいない。そして」
 その場の全員の注視の中、一拍を置き、ファルスディーンは、先を続けた。
「このファルスディーン・フォン・フォルティアが、カーレオン王の遺志を継いでみせよう。その為にも、この戦いを、三国の争い全ての、終わりにする!」
 兵達は、しんと静まり返った。それは異端とされてきた王太子への、反感では無く、感服であった。そこに異論は、発生しなかった。
 バロックも満足げに頷き、再度大剣を構え直す。
「そなたの心意気、私もしかと受け取った」
 次で決まる。誰もが―対峙する本人達さえも―予感した。二人は向かい合ったまま、じりじりと時間が過ぎ……、先に動いたのは、バロックの方だった。
 大きく踏み込み、全体重を乗せた一撃をなぎ払う。ファルスディーンはグランシャリオの横腹で受け止めたが、重量の差に、弾き飛ばされ、地に投げ出される。
 勝利を確信して、バロックは大剣を振り下ろした。しかし、武器がファルスディーンの身体に食い込む直前、その姿が七色の光に包まれて消え、大剣はどがんと地を穿つ。
「グランシャリオの能力か!」
 バロックは焦り、それから、左斜め頭上から襲って来た殺気に、はっと振り仰いだ。空中に転移したファルスディーンは、大上段に振りかぶったグランシャリオを、手加減無く振り下ろす。秘剣は、敵将の胸を、大きく斬り裂いて、バロックは呻き、遂に大剣を取り落として、どうとあおのけに倒れた。
「見事」
 短い中に、敬意を込めた言葉に、ファルスディーンは肩で荒い息をしながら、首を横に振る。
「いや、グランシャリオを使わなければ、斬られていたのは俺だ」
「しかし、そなたの勝ちは勝ちだ」
 バロックは薄く笑み、満足げに目を閉じる。
「ステアを、どうか、お頼み申す」
「―未来!」
 ファルスディーンは咄嗟に叫んでいた。未来も、何を求められているのか即座に悟り、バロックの元へ駆け寄ると、膝をつき、傷口に手をかざした。
「貴方を、死なせない」
 その一声で、銀色の光がバロックに吸い込まれ、傷を完全に癒した。バロックは、閉じていた目を驚愕に見開き、未来を、ファルスディーンを交互に見やる。
「何を。私に、生き恥をさらせと仰るか」
「そうではない」
 ファルスディーンはグランシャリオを鞘に収め、誇り高きステア騎士に手を差し伸べる。
「勝負はついた。貴方は一度死んだ。同じ死する覚悟なら、この後は、セルマリア女王を救う為に、命を賭けて欲しい」
 バロックは更に吃驚するしか無かった。未来を見やる。
「もう、これ以上、人が死ぬのは、無しにしてください」
 自分より遙かに幼い、しかし言葉が威力を持つ戦巫女の台詞は、バロックの胸に染み渡った。ゆっくり身を起こすと、彼は吐き出すように、しかしはっきりと、応えた。
「わかり申した。この命、いかようにもお使いくだされ」
 未来はほっと息をつき、そして、この場で今だ続く最後の争いに目をやった。
 しかしその時には、利久と芙美香の戦いにも、決着がつこうとしていた。きん、と高い音と共に、利久の槍の片割れが宙を舞う。芙美香は、そちらに気を取られる利久の、もう片方を左手でつかんでもぎ取ると、右手の長剣を捨て、予告通り、利久に殴りかかったのだ。
 通常の、女性の腕力なら、利久はびくともしなかっただろう。しかし、戦巫女の能力を抑える事無く発揮したに違い無い芙美香の一発に、利久の身体は吹っ飛び、ごろごろと地面を転がった。
「目は覚めた?」
 仁王立ちになって、芙美香は利久を見下ろす。利久は身を起こし、うつむいていたが、やがて、引きつれた泣き声が、その口から洩れた。
「やだ、ちょっと! この歳で、年下の男を泣かせたくなんか無いわよ!」
 予想外の反応に、芙美香が躊躇える。それには応じず、利久はひくひくとしゃくりあげながら、言った。
「俺が……、俺が戦わないと、皆が……アルテムの人達が」
「アルテムなら、もう大丈夫だよ、利久」
 唐突に告げられた言葉に、利久は思わず泣くのも忘れ、声をかけた主―姉の顔を見上げた。
「アルテムを見張ってる竜は、倒したの」
 ただ一度だけ、利久がこぼした地名を明確に記憶していた未来は、ファルスディーンに頼んで、ステア国内に入った時、二人で密かに戦列を離れ、アルテムの村を探し出した。そして、いつでも村を凍りつかせるように、山の上から睨み下ろしていた蒼竜に挑み、それを倒したのだ。
「この村を、守ってね」
 未来は己の中の銀色に命じ、それでアルテムは、外敵から守られた。そしてグランシャリオの転移能力で、部隊に帰還していたのだ。
「利久、ケインって子が、利久と仲直りしたいって」
 利久の前に膝をつき、未来は弟の顔を覗き込む。
「お母さんの病気は治ったから、謝りたいって」
 利久はしばし、ぽかんと口を開いて、途方に暮れているようだった。しかしやがて、赤くなった顔を背けると、涙と、芙美香に殴られて切ったらしい、口元の血と、流れてしまった鼻水を、順々に拭う。
「……どうせなら、殴られる前に言ってくれよ」
 腫れてきた左頬を押さえながら、泣き笑いのような声で、利久は少しむくれて言う。ようやく氷解した弟の心に、未来は笑みを返し……不意にその笑顔を打ち消して、がばりと立ち上がった。
 未来が、ファルスディーンが、芙美香が利久がバロックが、周囲の兵達も、皆が空を仰ぐ。
「駄目、守って!」
 未来は咄嗟に叫んでいた。それとほぼ同時に、上空から放たれた、強烈な光線が、彼ら目がけて降り注ぎ、辺り一帯を、轟音と白い光で包み込んで、聴覚と視覚とを、塞ぐのだった。

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