4 ミナ・トリアの騎士(4)

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「蒼い髪?」「金緑の瞳?」「まさか」「風詠士の……?」
 店内のあちこちから、畏れを含んだささやき合いが聞こえる。
 風詠士の血筋は途絶えたはずだ。ミナ・トリアの民はそう認識している。
 その直系の証である容姿を持つ人間が、このような場末の食堂にいる。それが穏やかならぬ事情から来るものだとは、容易に想像がつくだろう。
 額を嫌な汗が伝い落ちてゆく。まるでデュルケンの動揺を感じ取ったかのように、パルテナが黙って寄り添い、その小さな手をデュルケンの手に絡ませて来る。だが、心臓はばくばくと激しく脈打ち、自分の迂闊さに対する憤りと後悔の念は、ちっともおさまる様子は無かった。
「野郎、ただじゃすまさねえぞ!」
 立ち上がった騎士が唾を飛ばしながら、無事な方の手で殴りかかって来る。一拍遅れて我に返ったデュルケンは、パルテナを背後に押しやり待ち受けたが。
「そこまでだ」
 ぱしんという音と同時、店内によく通る声が発せられた。
 デュルケンと騎士の間に金髪の青年が割り込んで、拳を平手で受け止めていたのだ。怒りの一撃を邪魔された男は、「てめえ、邪魔を」と言いかけ、青年の容姿をまじまじと見て、はっと顔色を変えた。
「ケヴィン隊長……!?」
 その名に、店内が再びざわめきに包まれる。
「ミナ・トリアの騎士ともあろう者が、無闇に民に手を出してはならないよ」
 そう言う彼もまた、白い騎士服をまとっていた。
「君は少々騒ぎを起こし過ぎた。任務時間外の事だから今回は不問にするが、もう一度見逃す程、僕も甘くないと思うんだね」
 口調はあくまで穏やかだが、相手に有無を言わせぬ静かな迫力が込められている。しかも、がたいの良い男に対して、青年はそれよりも背が低く細身なのに、つかんだ相手の拳を決して離さぬ握力を発揮している。見た目でこの青年の力量を判断してはいけない、デュルケンは即座にそう見抜いた。
「ここは僕が収める。君は今すぐにここを立ち去るがいい」
 ケヴィンと呼ばれた青年の言葉に、男はぐっと息を呑んでぶるぶる唇を震わせていたが、やがて、「善人ぶったおぼっちゃんが……!」と聞こえよがしに悪態をつくと、脱臼した腕をかばいながら店外へと消えた。
「大丈夫ですか、お嬢さん」
 青年が片膝をつき、給仕の娘へ手を差し伸べる。呆然とへたりこんでいた娘は、はっと青年の顔を見上げると、腫らした以外の理由で頬を赤く染めてしおらしくうなずいた。
「我が騎士団の者が失礼をしたね。これは彼の食事代と、迷惑料だ」
 娘を立たせた青年騎士は店主に向けて銀貨を放った。現在のミナ・トリア首都において銀貨一枚は、大通りに面した宿に三日は余裕で宿泊できる価値を持つ。
「これは申し訳ねえ。今度騎士様がいらしたら、存分におもてなしさせていただきますよ」
 店主は口では申し訳ないと恐縮しながらも、ほくほく顔で銀貨を懐にしまい込む。自分の店の娘が手酷い目に遭ったというのに、彼女を気遣う様子も見せず、金に夢中になり騎士にへつらう店主を見て、デュルケンは渋面を作った。
 すると、その嫌悪感を感じ取ったかのように青年騎士がこちらを向いた。他の色が混ざる余地の無い透き通ったアイスブルーの瞳が、デュルケンの猫目石の瞳と交わる。
 相手は、これなら年頃の娘は一目で惚れるだろうという整った顔つきをしていた。目つき鋭く険のあるデュルケンとは正反対の、穏やかな印象を与える顔だ。
「勇敢なお嬢さん、貴女の勇気に敬意を表します」
 ケヴィン青年は優雅な所作でパルテナの手を取ると、その手の甲に恭しく口づけをひとつ落とす。
「でも、勇気と無謀は時に等しくなる。貴女にはこのように立派な守護者がついているのだから、無茶はしないように」
 ちらと視線を向けられて、デュルケンはむっとした表情になる。ケヴィンはその反応を楽しむかのように嫣然と笑んで、それからデュルケンの耳元に顔を寄せて低く囁いた。
「君達はもう行った方がいい。この店に塁が及ぶ前にね」
 デュルケンの心臓が、わしづかみにされたかのごとくぎゅっと縮こまる。平静を装いながら横目で相手の表情をうかがうと、騎士はその端正な顔に全てを見透かすような笑みを浮かべて、こちらを見ていた。
「ベルギウス王の耳は、どこに潜んでいるかわからないんだよ」
 氷色の視線と挑発的とさえ取れる言葉を送って、ケヴィンはデュルケンから身を離し、「ああ、彼らの分もこれで」と、店主に更に数枚の銅貨を支払う。
 今ここでこの男の命を奪うべきだという衝動と、これ以上騒ぎを起こさずすぐさま家へ取って返すべきだという思考が一騎打ちを行い、後者が勝った。
 デュルケンはケヴィンから視線を外さずに、テーブルの下に置きっぱなしだった荷物を担ぎ上げると、不思議顔を見せるパルテナを肘で小突いて、逃げるように店を出て行った。

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